1月22日の金融政策決定会合の公表文「『物価安定の目標』と『期限を定めない資産買入れ方式』の導入について」(http://www.boj.or.jp/announcements/release_2013/k130122a.pdf )をよく読むと,そうなる。
 公表文では,昨年2月に導入された「中長期的な物価安定の目途」である消費者物価の前年比上昇率1%から「物価安定の目標」(持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率)2%に引き上げた理由を,こう説明している。

「日本銀行は,今後,日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取り組みの進展に伴い,持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率が高まっていくと認識している。この認識に立って,日本銀行は,物価安定の目標を物価上昇率の前年比上昇率で2%とする。」

 潜在成長率と物価安定目標がこのように密接に関連する経済学的根拠はないので,この説明はいかにも苦しい。
 その問題はさておき,ここで着目したいのは,成長力の強化が物価目標が上がる前提になっていることだ。つまり,暗黙に日銀は「成長力の強化がなければ持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率は高まらない」と認識している(注)。そして,成長力の強化を図る政策的対応は金融政策の役割ではなく,政府の役割である。日銀の言い分は,「政府の成長戦略が功を奏してはじめて物価上昇率は1%から2%にもっていける」というものである。成長力が高まっていなければ,2%目標が未達でも言い訳できる余地を残している。また,本来は成長は民間の仕事であり,政府が成長力を高めること自体が難しく,これまでの成長戦略は芳しい成果をあげていない。したがって当面は,成長力が高まって日銀が2%目標達成の責任を負う事態になるよりも,政府が前提を整えられない事態で推移する可能性が高い。
 2%目標の達成は日銀の責任のつもりで日銀に物価目標の圧力をかけていた人は,「成長力強化が先決」という理屈は認め難いだろう。上に引用した文が日銀の公表文だけに現れるのであれば,日銀に都合の良い論理,として攻撃することはできる。しかし,この文は,政府と日銀の共同声明にもそのまま登場している。そして,そこには,

「政府は,(中略)日本経済の競争力と成長力の強化に向けた取り組みを具体化し,これを強力に推進する」

という記述もある。つまり,政府も「成長力強化が先決」の理屈に同意している。
 日銀は2%目標の圧力をうまくかわしたとの見立てもあり得るが,むしろ今回の立ち回りはたちが悪い。インフレ・ターゲティングの本来の意図は金融政策運営の透明性を高めることにあるが,その中核となる目標値の設定が,まったくの政治対応の論理で決まってしまった。インフレ・ターゲティングの根幹が腐ってしまった,といえる。また,圧力の意図を反故にした理屈ともいえるので,政府と日銀の共同声明を無視して政治圧力が今後高まることも考えられる。
 ここは,「デフレ脱却をめぐるごたごたを終結させるための提言」で示した「バーナンキ・パッケージ」を発動して,圧力ときちんと対峙した方が良かったのではないか。

(わかりやすいまとめ)
 今回のやり取りは,
安倍首相「インフレ2%にしやがれ」
白川総裁「やるけど,あんたが先にすることしやがれ」
という感じ。今後,2%目標未達の場合のやり取りは,
安倍首相「インフレ2%になってないじゃないか」
次期総裁「あんたがやることやってないからだよ」
という感じになりそう。


(注)成長力強化の取り組みさえすれば,結果が出なくても持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率が高まっていく,という理屈はますます考えにくい。(別紙1)には,
「今後,成長力の強化が進展していけば,現実の物価上昇率が徐々に高まり,そのもとで家計や企業の予想物価上昇率も上昇していくと考える。」
という,結果が出ることが前提の記述もある。

(参考)
「『物価安定の目標』と『期限を定めない資産買入れ方式』の導入について」(日本銀行,2013年1月22日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2013/k130122a.pdf

「『中長期的な物価安定の目途』について」(日本銀行,2012年2月14日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2012/k120214b.pdf

(関係する過去記事)
望ましいインフレ率

デフレ脱却をめぐるごたごたを終結させるための提言