岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2015年03月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

対談「経済学部教育が目指すもの」

『経済セミナー』4・5月号特集「経済学入門:理想のカリキュラム」に,吉原直毅・一橋大学教授との対談「経済学部教育が目指すもの」が掲載されました。私が日本学術会議で作成に関わった「大学教育の分野別質保証のための教育編成上の参照基準 経済学分野」を紹介していただく意味も入った企画でした。
 新学期の時期で,これから経済学を学ぼうとする人たちに向けた企画なので,私の方からは参照基準の紹介に加え,経済学とはどういうものかを,わかりやすく説明しようとしました。説明をかなり単純化・世俗化したので,あまり格調高くないのですが,あえてそういう方向を目指しています。
 その理由のひとつは,吉原教授が現在の主流の経済学の限界や批判を語る立場なので,私からは単純な形の説明をして,吉原教授の発言を引き出すねらいです。
 もう一つは,対談では直接カバーされませんでしたが,最近話題になっている「G型大学・L型大学」の議論を意識しています。L型大学への提言通りに一流校以外は職業訓練校に転換してしまうと,大学で教養教育を受ける国民の比率が大幅に低下し,およそ先進国としてはあり得ない事態になります。馬鹿げた改革ですが,単に馬鹿にしていると,「ゆとり教育」のように実行されてしまうおそれがあります。
 こういう提言が出てくる背景にある教養教育への不信感に対して,大学側はお高くとまらずにきちんと向き合い,職業教育以上に教養教育が有用であることを説明していく必要があると考えました(最善の方法が何かはわかりませんが,とりあえず単純化・世俗化することを試してみました)。
 日本学術会議が参照基準の作成作業に入る前に教養教育のあり方について議論がされ,「(提言)21世紀の教養と教養教育」(PDF file)や「(回答)大学教育の分野別質保証の在り方について(第二部 学士課程の教養教育の在り方について)」(PDF file)が出されていたのは,そういう意識があったと考えています。経済学分野の参照基準でも,学生が経済学を学ぶことで身に付くことが社会に出たときにどのように活かされるのか,を説明することを重要な使命としています。

日本経済新聞・経済教室「『官製春闘』,経済かく乱も」

 3月4日の日本経済新聞朝刊の経済教室欄に拙稿「『官製春闘』,経済かく乱も」が掲載されました。「賃上げ2巡目の論点」シリーズの初回になります。
 拙稿は官製春闘に批判的なのですが,賃上げをするな,という主張ではなく,賃金決定への介入方法が経済原則を逸脱して問題だという趣旨です。政府が賃上げを直接要請するのはあきれた話ですが,新聞で「どこの阿呆が考えついたのか」と悪態をつくわけにはいかないので,落ち着いて経済学の常識的観点から問題点と代替策を示すようにしています。

 建設的な意見とするために,拙稿ではまず,実質賃金の向上を図るには何をすれば良いか,という問題設定をしました。そして,実質賃金(名目賃金/消費者物価)を

(名目賃金/名目GDP)×実質GDP×(GDPデフレータ/消費者物価)

と3項目に分解します。ここでは,海外との要素所得のやりとりを捨象して,GDPデフレータと輸出財価格が同じ動きをすると想定します。
 これにより,労働分配率の上昇,生産性向上,交易条件の改善が実質賃金を上げることになると整理でき,拙稿ではその順番で論じています(順番は,朝に記事をざっと読むときの都合の良さを考慮して決めました)。最初の「労働分配率の上昇」では所得分配と企業統治,2番目の「生産性向上」は経済成長,最後の「交易条件の改善」は国際貿易とマクロ経済の問題が関わっており,1つの問題設定を考えるのに幅広い分野の経済学の知識が使われることになります。
 拙稿の課題に関連する最近の分析には,今年1月に出された『日本経済2014-2015』(内閣府)の第2章第2節(PDF file)があります。ときの政権の方向性がおかしいと内閣府の経済分析も歪められかねず,財政運営やデフレ脱却ではそういう症状が出ていますが,官製春闘に関わるこの箇所は,何とか踏みとどまっておおむね堅実な分析がされています。

 余談ですが,私は常用漢字表外字を含む「乖離」,「攪乱」をよく使います。今回の原稿では前者は「隔たり」に言い換えましたが,表題にも使われた後者はうまくいかず,ひらがな交じりになってしまいました。

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