『アセモグル/レイブソン/リスト ミクロ経済学』(略称『ALLミクロ』)のKindle版が3月20日より配信されます。紙の本も、もうすぐ発売です。出版前からすでに反響が大きいと出版社が驚いていました。
 全体は18章で、目次は以下のようになっています。
1章 経済学の原理と実践
2章 経済学の方法と問い
3章 最適化:最善をつくす
4章 需要、供給と均衡
5章 消費者とインセンティブ
6章 生産者とインセンティブ
7章 完全競争と見えざる手
8章 貿易
9章 外部性と公共財
10章 政府の役割:税と規制
11章 生産要素市場
12章 独占
13章 ゲーム理論と戦略的行動
14章 寡占と独占的競争
15章 時間とリスクのトレードオフ
16章 情報の経済学
17章 オークションと交渉
18章 社会経済学

 1~4章は、昨年翻訳出版された『ALLマクロ』と同じです。「監訳者まえがき」で内容の紹介をしていますが、教科書として採用を検討される教員向けに、少しだけ本書の特徴をご紹介します。
 目次からだいたいの内容はご想像いただけると思いますが、ミクロ経済学の最初の目標である、完全競争市場で効率的な資源配分が達成できることを7章で説明するのですが、そこまで最短距離で進んでいきます。その後に新しい内容を盛り込むために、従来の教科書の定番の内容をすっきりとスリム化させています。
 そこから先の『ALLミクロ』の「新しさ」を象徴する特徴は、大きく3つあります。
 第1の特徴は、「ほとんど至るところ実験経済学」です。データに基づく実例を入れることは多くの教科書で見られますが、『ALLミクロ』では、実験に基づく事例が各所で使われています。少し前までの教科書では、実験経済学はまったく扱われないか、何やら新しいもの程度の扱いだったのですが、本書では、理論を検証するための、ごく普通の方法という位置づけです。
 第2の特徴は、「後半はゲーム理論三昧」です。13章がゲーム理論の解説に充てられていますが、それ以前の章がゲーム理論を使わない議論、それ以降がゲーム理論を使う議論となっていて、ゲーム理論が教科書の構造を決めています。後半はゲーム理論を使うとはっきり割り切っていて、オークションに1章を費やすという、野心的な取り組みもされています(入門レベルの教科書で、オークションでの収入同値定理まで扱うのは、果たして適切なのかは疑問の余地がないわけではないですが)。
 第3の特徴は、「最後に本格的に行動経済学」です。入門レベルの教科書にも、行動経済学の記述は徐々に入ってきています。『マンキュー経済学』は行動経済学についてもよくまとまって書けているのですが、最終章にわずかの紹介で、本音は入れたくない感じが伝わってきます(注)。『ALLミクロ』では、本格的に行動経済学を取り入れています。行動経済学が学界での地位を確立するには、合理的行動では説明できないことを厳密に論証できる不確実性下の選択での研究が重要な役割を果たしました。その研究史を踏まえて、行動経済学の解説書ではプロスペクト理論が導入になったり、中心になったりすることが多いですが、入門レベルの教科書の教材には適しません。本書では、その代わりに、選好の逆転と社会的選好を題材にしています。これは、教育上の観点からは伝統的な合理的選択の理論の延長に位置づけるのが容易であり、初学者が合理的選択を学んだあとに自然な形で行動経済学の議論になじんでいくことができます。

(注)マンキュー教授の本音は、”Reflections of a Textbook Author,” Journal of Economic Literature, Vol. 58, No.1, March 2020, pp. 215-228に見ることができます。

アセモグル/レイブソン/リスト ミクロ経済学
ジョン・リスト
東洋経済新報社
2020-03-20