歳出歳入一体改革は最悪の壊れ方をした。
昨年の金融危機を引き金にした景気後退のため,2011年度の基礎的財政収支の黒字化目標は実現困難になり,黒字化の時期が先送りされた。歳出削減の目標のなかの社会保障費の削減が2010年度概算要求では事実上撤回された。他の歳出分野にも波及して,歳出拡大の圧力がさらに高まりそうな勢いになっている。
しかし,問題は,一体改革の目標が変更されたことではない。一体改革は途中での計画変更も当初から想定しており,一体改革を崩壊させずに計画変更するやり方があった。政府のやり方がまずかったために,一体改革が崩壊したかのように見えることが問題だ。この事情はわかりにくいので,運動会に喩えて説明してみよう。運動会を開催するときには,普通は同時に,雨天で延期された場合の予備日も決めておく。さて,雨が降って運動会が延期になったとすると,運動会の計画は変更されたのか,変更されていないのか。当初の日程のところにこだわれば計画変更であるが,雨天順延は最初の計画に含まれるので計画通りともいえる。また,雨天で運動会を延期しても,運動会は普通は崩壊しない。
「基本方針2006」の第3章1.「歳出・歳入一体改革に向けた取組」は,7つのパートから構成されており,最初のパートが「歳出・歳入一体改革の基本的考え方」となっている。そこには,
「経済の持続的成長と財政健全化を両立させるため、経済が大きく減速する場合には、財政健全化のペースを抑えるなど、柔軟性をもった対応を行う。」
「財政健全化の取組は、国民や市場からの信認を確保すべく、名目成長率3%程度の「堅実な経済前提」に立つ。」
と書かれている。
つまり,景気が悪くなれば財政収支の改善が先に延びるのは,「基本方針2006」で最初から想定されていることである。そして,具体的な計画は安定成長が前提である。
景気が後退すると財政収支は悪化する。そのため黒字化目標の達成が困難になるのは,雨が降って運動会の開催が困難になるのに似ている。当初の日程を守るように雨中で必死に運動会をやる選択肢もないわけではないが,雨が降れば運動会は延期,が常識だ。
いま黒字化達成の目標時期を延期することは,一体改革の基本的な考え方に忠実である。しかし,このことが財政再建路線の転換ないし放棄のように受け止められている。運動会は皆が経験していることだが,財政再建はそのような日常の経験がない。そのため,運動会が延期と聞いて,学校は運動会に対する考え方を変えたのか,運動会はもう開催されないかもしれない,と回りが騒ぐような事態を招いてしまった。
政府のやり方がまずかったのは,目標がそもそも「雨天順延」の可能性があることを国民にわかりやすく説明せずに,絶対的な目標のように強く約束してしまったことである。
一体改革では,2006年に5年間の歳出削減の計画を決めたが,国1兆1000億円,地方5000億円の社会保障費の削減が計画通り実行できるのかは,当初から不安があった。この数値の根拠は,それ以前の削減ペースを維持するというものだが,当時でもすでに社会保障費削減路線についての抵抗が大きくなっていた。岩盤に突き当たる可能性は非常に高かった。
「基本方針2006」第3章1の(4)では,歳出削減の具体的内容が示された後に,
「しかしながら、中期的な経済成長率や税収動向を正確に予見することは困難であり、その時々の経済社会情勢に配慮しつつ、基礎的財政収支の黒字化目標の達成に向けた現実的な対応をとるため、2011年度までにとるべき歳出改革の内容について、毎年度、必要な検証・見直しを行っていくこととする。」
という記述がある。歳出削減は毎年度見直して,2006年に決めた計画も変えるべきところは変えるべきである,という趣旨である。
どこで岩盤に突き当たるかは進めてみなければわからない。前へ進みながら,必要があれば手直ししていくのが当たり前の戦略である。社会保障費削減の限界が見えた時点で,他の歳出分野の削減を増やして,社会保障の削減額を圧縮し,残りの大きな枠組みを守る方向に転換すべきであった。そういう前向きの戦略がとれずに当初の計画に固執して全体を台無しにしてしまった。
一体改革を進めていくときに難しいのは,改革が計画になってしまうことである。当初の計画に固執したのは,計画を変えることが全体を壊すことを恐れたのかもしれない。しかし,そもそも一体改革は改革である。変えることを恐れていては,改革にはならない。難しいかもしれないが,変えるべきところは柔軟に変えながら,根本的な方針は維持するという戦術がとれなかったことが,失敗の原因である。
(参考)
「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」
http://www.keizai-shimon.go.jp/cabinet/2006/decision060707.pdf
「経済財政諮問会議 将来像議論の司令塔に」(岩本康志)
https://iwmtyss.com/Docs/2007/KeizaiZaiseiShimonKaigiShoraizoGironnoShireitoni.html
(関係する過去記事)
「『基本方針2008』の矛盾」
「2008年度予算のシーリング」
昨年の金融危機を引き金にした景気後退のため,2011年度の基礎的財政収支の黒字化目標は実現困難になり,黒字化の時期が先送りされた。歳出削減の目標のなかの社会保障費の削減が2010年度概算要求では事実上撤回された。他の歳出分野にも波及して,歳出拡大の圧力がさらに高まりそうな勢いになっている。
しかし,問題は,一体改革の目標が変更されたことではない。一体改革は途中での計画変更も当初から想定しており,一体改革を崩壊させずに計画変更するやり方があった。政府のやり方がまずかったために,一体改革が崩壊したかのように見えることが問題だ。この事情はわかりにくいので,運動会に喩えて説明してみよう。運動会を開催するときには,普通は同時に,雨天で延期された場合の予備日も決めておく。さて,雨が降って運動会が延期になったとすると,運動会の計画は変更されたのか,変更されていないのか。当初の日程のところにこだわれば計画変更であるが,雨天順延は最初の計画に含まれるので計画通りともいえる。また,雨天で運動会を延期しても,運動会は普通は崩壊しない。
「基本方針2006」の第3章1.「歳出・歳入一体改革に向けた取組」は,7つのパートから構成されており,最初のパートが「歳出・歳入一体改革の基本的考え方」となっている。そこには,
「経済の持続的成長と財政健全化を両立させるため、経済が大きく減速する場合には、財政健全化のペースを抑えるなど、柔軟性をもった対応を行う。」
「財政健全化の取組は、国民や市場からの信認を確保すべく、名目成長率3%程度の「堅実な経済前提」に立つ。」
と書かれている。
つまり,景気が悪くなれば財政収支の改善が先に延びるのは,「基本方針2006」で最初から想定されていることである。そして,具体的な計画は安定成長が前提である。
景気が後退すると財政収支は悪化する。そのため黒字化目標の達成が困難になるのは,雨が降って運動会の開催が困難になるのに似ている。当初の日程を守るように雨中で必死に運動会をやる選択肢もないわけではないが,雨が降れば運動会は延期,が常識だ。
いま黒字化達成の目標時期を延期することは,一体改革の基本的な考え方に忠実である。しかし,このことが財政再建路線の転換ないし放棄のように受け止められている。運動会は皆が経験していることだが,財政再建はそのような日常の経験がない。そのため,運動会が延期と聞いて,学校は運動会に対する考え方を変えたのか,運動会はもう開催されないかもしれない,と回りが騒ぐような事態を招いてしまった。
政府のやり方がまずかったのは,目標がそもそも「雨天順延」の可能性があることを国民にわかりやすく説明せずに,絶対的な目標のように強く約束してしまったことである。
一体改革では,2006年に5年間の歳出削減の計画を決めたが,国1兆1000億円,地方5000億円の社会保障費の削減が計画通り実行できるのかは,当初から不安があった。この数値の根拠は,それ以前の削減ペースを維持するというものだが,当時でもすでに社会保障費削減路線についての抵抗が大きくなっていた。岩盤に突き当たる可能性は非常に高かった。
「基本方針2006」第3章1の(4)では,歳出削減の具体的内容が示された後に,
「しかしながら、中期的な経済成長率や税収動向を正確に予見することは困難であり、その時々の経済社会情勢に配慮しつつ、基礎的財政収支の黒字化目標の達成に向けた現実的な対応をとるため、2011年度までにとるべき歳出改革の内容について、毎年度、必要な検証・見直しを行っていくこととする。」
という記述がある。歳出削減は毎年度見直して,2006年に決めた計画も変えるべきところは変えるべきである,という趣旨である。
どこで岩盤に突き当たるかは進めてみなければわからない。前へ進みながら,必要があれば手直ししていくのが当たり前の戦略である。社会保障費削減の限界が見えた時点で,他の歳出分野の削減を増やして,社会保障の削減額を圧縮し,残りの大きな枠組みを守る方向に転換すべきであった。そういう前向きの戦略がとれずに当初の計画に固執して全体を台無しにしてしまった。
一体改革を進めていくときに難しいのは,改革が計画になってしまうことである。当初の計画に固執したのは,計画を変えることが全体を壊すことを恐れたのかもしれない。しかし,そもそも一体改革は改革である。変えることを恐れていては,改革にはならない。難しいかもしれないが,変えるべきところは柔軟に変えながら,根本的な方針は維持するという戦術がとれなかったことが,失敗の原因である。
(参考)
「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」
http://www.keizai-shimon.go.jp/cabinet/2006/decision060707.pdf
「経済財政諮問会議 将来像議論の司令塔に」(岩本康志)
https://iwmtyss.com/Docs/2007/KeizaiZaiseiShimonKaigiShoraizoGironnoShireitoni.html
(関係する過去記事)
「『基本方針2008』の矛盾」
「2008年度予算のシーリング」