岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

購買力平価

Yahoo! ブログから引っ越しました。

2008年の購買力平価の動き

 OECDの購買力平価のデータが更新されたので,関係する過去記事の図を更新して,2008年の動向を見てみる。
 2月6日発表の「主要経済指標」(Main Economic Indicator,MEI)の2月号に,2008年の購買力平価が掲載された。
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 上の図は,購買力平価(円/ドルで表示)と為替レート(円・ドルレート)を1985年から2008年まで示したものである。購買力平価はずっと「円高」傾向であり,最近3年間は,
 2006年 124
 2007年 120
 2008年 116
となっている。その原因の第1は日本の物価上昇率が低いことにある。為替レートとの乖離は近年縮小傾向にあったが,2008年は少し広がった。
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 上の図が示すように,内外価格差指数(購買力平価と為替レートの比,OECD全体を100に基準化)は大きく動いた。最近の3年間は,
 2006年 106
 2007年  97
 2008年 137
となっている。「内外価格差の解消がもたらしたもの」でのべたように,最近は内外価格差が縮小傾向にあり,2007年にはついに100以下となった。つまり,日本の物価がOECDの平均より低くなった。
 しかし,2008年は大きく内外価格差が上昇する方向に動いた。内外価格差の動きは,貿易財と非貿易財の生産性格差,為替レートの動きに主に影響を受ける。これだけ大きく動くのは生産性の動きとは考えにくく,為替レートの変動が主原因であろう。

 1月27日発表の「National Accounts of OECD Countries Vol. I」の最新版に,2007年の加盟国の購買力平価換算と為替レート換算のGDPが掲載された。
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 上の図は,日本の1人当たりGDPを為替レートで換算したものと購買力平価で換算したものを1985年から2008年までを示したもの(各年ごとにOECD全体の計数を100として指数化)。購買力平価表示の1人当たりGDPは,この3年間で
 2006年 103
 2007年 103
 2008年 103
と横ばいである。2008年の為替レート換算の1人当たりGDPはOECDからは直接発表されていないので,購買力平価換算の1人当たりGDPと内外価格差指数を用いて計算した。円高の進行で,2008年は大きく上昇することになった。
 2008年は,為替レートの大きな動きが特徴である。最初の図では,2008年の為替レートは少し円高という動きだが,それまで円安・ドル安状態だったので,円・ドルレートだけでは正しい動きはとらえられない。

1人当たりGDP 日本は18位に後退」でのべたように,1人当たりGDPは購買力平価換算で国際比較すべき,というのが私の考えであり,国連の93SNA勧告の立場である。購買力平価で見た場合,2008年には大きな変化はないようである。
 内閣府はずっと為替レート換算で国際比較している。内閣府作成の資料(http://www5.cao.go.jp/statistics/meetings/sna_2/siryou_2.pdf ,最終ページの項目62)によれば,国連勧告に準拠しない理由に「基礎統計上の制約。分類の必要性乏しい。我が国の実情に合わない」の3つがあがっている。私のブログが日本の実情に合わないということか。
 昨年12月の発表では,2007年の為替レート換算の日本の1人当たりGDPはOECD加盟国で19位だったが,今年末に2008年の数値が発表されるときには,日本の順位がだいぶ上がることが予想される。為替レート換算で見ている人は,2008年の日本経済の躍進を祝うのだろうか。私はおつきあいできませんが。

(参考)
OECDの購買力平価のサイト
http://www.oecd.org/std/ppp

OECD Stat.Extractsの購買力平価データ
http://stats.oecd.org/wbos/default.aspx?datasetcode=SNA_TABLE4

OECDのNational Accountsのサイト(OECD)
http://www.oecd.org/std/national-accounts

OECDの「Main Economic Indicator」のサイト(OECD)
http://www.oecd.org/std/mei

「OECD諸国の1人当たり国内総生産(名目GDP)」(内閣府経済社会総合研究所)
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h19-kaku/percapita.pdf

「国民経済計算の作成基準の検討について」(2008年8月15日)
http://www5.cao.go.jp/statistics/meetings/sna_2/siryou_2.pdf

(関係する過去記事)
1人当たりGDP 日本は18位に後退


内外価格差の解消・詳論

 日本のGDPに関する内外価格差指数(購買力平価と為替レートの比,OECD全体を100に基準化)は,EurostatとOECDによる1999年調査の143から2005年調査の114まで20%下がった。
 2月29日に2005年の購買力平価調査の報告書「Purchasing Power Parities and Real Expenditures: 2005 Benchmark Year, 2007 Edition」が刊行された。またWebで提供されるOECD.Statから詳細なデータを入手可能である。
 ここで新しく発表されたデータをもとに,1999年調査と2005年調査の内外価格差指数を需要項目別に比較してみよう。ただし,こういう動きを見ることは,計数に計測誤差が含まれていると,真の値の動きを見ているのか,誤差の動きを見ているのかわからなくなるおそれがあることに注意して,一定の幅をもってとらえる必要がある。
 1999年→2005年(変化率)のように示すと,
 153→115(-25%) 現実個人消費(家計による消費)
 132→111(-16%) 現実集合消費(政府による消費)
 129→115(-11%) 総固定資本形成
 163→130(-20%) 在庫品増加
となる。
 1999年に割高だった消費財,在庫の価格が大きく低下して,全体でのばらつきが平準化する方向に動いている。国内の価格の動きだけを見ると投資財価格の低下が大きいが,上の指数は外国との比較のものなので,外国での投資財価格の低下も大きかったということがいえる。日本と外国の価格の比の,2時間点の比を,違った財で比べることをしており,比べる作業が3つ重なっているので,ややこしい。
 現実個人消費の目的別分類も公表されている(分類は,『国民経済計算』フロー編・付表13に対応する)。
 215→185(-14%) 食料・非アルコール飲料
 125→88(-30%) アルコール飲料・たばこ
 157→136(-13%) 被服・履物
 169→120(-29%) 住居・電気・ガス・水道
 174→139(-20%) 家具・家庭用機器・家事サービス
 102→73(-28%) 保健・医療
 143→118(-17%) 交通
 116→115(-1%) 通信
 144→101(-30%) 娯楽・レジャー・文化
 117→111(-5%) 教育
 190→130(-32%) 外食・宿泊
 171→116(-32%) その他
となっている。
 細分化していくと調査対象品目が少なくなるので,推計誤差がさらに心配になる。ここで大まかな傾向をつかんで,さらに各国の物価指数を参照して確認していく作業が必要であろう。これは論文を書く作業になるので,ここでは大まかな傾向をつかむだけにとどめる。
 1999年から2005年の指数の低下は,特定の財に起こったのではなく,広い範囲に共通して見られたといえる。個別財での問題を解決して内外価格差を解消したような動きではないような印象を受ける。こうした動きを生じさせる要因としては,(1)輸出財の価格が上昇して為替レートが円安に動く,(2)為替レートが投機的な動きで円安に動く,(3)流通・運輸業のコスト低下が生じる,などが考えられる。
 1999年時点で内外価格差指数が高かった項目のうち,「住居・電気・ガス・水道」,「外食・宿泊」,「その他」は,低下率が大きい。一方で,「食料・非アルコール飲料」は低下率が14%で,一段と高価格が引き立つ形となっている。農業が相変わらず一番の課題のように見える。
 低下率が一番小さいのは,「通信」である。わが国のデフレーターは下がっているのだが,外国でも価格低下が起きていることになる。
 2005年で割安な財に目を向けると,まず「アルコール飲料・たばこ」。とくに「たばこ」の指数が低いが,これは決してほめられたことではない。「保健・医療」は質の評価が難しいので幅をもって見る必要があるが,額面通りに受け取ると,OECD諸国では低価格になる。経済諮問会議のかねてからの主張は,効率化で医療・介護サービスの供給コストを低下させることであるが,内外価格差指数から見ると難事業であり,他にやるべきことがあるだろうということになる。

(参考)
Amazon.comでも「Purchasing Power Parities and Real Expenditures: 2005 Benchmark Year, 2007 Edition」が見つからなかったので,OECD Online BookshopでのURLを載せておきます。
http://www.oecd.org/bookshop?pub=9789264026766

OECD.Stat
http://www.sourceoecd.org/database/OECDStat

(関係する過去記事)
「1人当たりGDP 日本は18位に後退」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/1027049.html

「内外価格差の解消がもたらしたもの」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/1197471.html

「【お薦め】SourceOECD」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/266985.html

成長戦略の描き方

 8日の日本経済新聞・経済教室欄には,大田経済財政担当大臣が「危機感バネに改革一段と」を寄稿している。4日には私が「『経済一流でない』の真実」を寄稿しており,大臣の「日本はもはや『経済は一流』と呼ばれる状況にない」発言をめぐってぶつかる形になってしまった(私は大田大臣が寄稿されることはまったく知りませんでした)。
 大田大臣の発言は危機感を喚起するためのレトリックと解釈するのが適当であり,核心は成長戦略をどう描くかにあるのだろう。私は,職業柄,データを適切に使用することにこだわるので,かつて一流であったことはないという意見をのべたものの,現在一流でないという点ではまったく立場は同じ。大田大臣の趣旨からは揚げ足とりになるので,これ以上の深追いはしない。大田大臣寄稿の表題には,まったく同感である(副題「『経済一流』復活のカギ」には同感できないが)。

 ついでということではないが,日本経済の成長戦略に関係して,3つ私見を申し上げたい。
(1) 大田大臣があげた危機感のひとつは,「人口減少の中で成長を続けるのは並大抵ではない」ことである。「並大抵ではない」の認識には若干の違和感がある。
 昨年12月に発表されたOECDのEconomic Outlookにある2006年度のデータでは,潜在成長率(実質)は,
  OECD全体 2.3%
  ユーロ圏 2.0%
  米国 2.6%
  日本 1.4%
と日本が1ポイント程度低い。労働力人口成長率は,
  OECD全体 1.1%
  ユーロ圏 0.9%
  米国 1.4%
  日本 0.1%
となっており,わが国で少子化が進行していることによって,やはりOECD全体よりも1ポイント程度低い。
 成長会計を援用すると,他の要因が一定だと成長率は約3/4ポイント低下する。資本係数が一定になるように資本成長率も低下した場合には,労働力人口成長率が1ポイント低ければ,そのまま経済成長率が1ポイント低くなる(成長理論の知識を前提にしているので,読者が理解できなかった場合はごめんなさい)。
 生産性成長率がこれを相殺するほど高くなければ,OECD諸国平均の実質成長率を達成することは難しい。諸外国を凌駕する生産性向上の目算がたたなければ,OECD諸国並みの実質成長率を目指すことは並大抵のことではないどころか,無謀ないし無意味である。一方で,労働力人口が将来に年1%程度減少することになっても,現状の生産性上昇率が維持できれば,GDPがマイナス成長に陥ることはない。経済成長すること自体は難しい目標ではない。容易な目標と無謀な目標の間に,意味のある目標をどう設定するかを考えた場合,「人口減少の中で成長を続ける」は曖昧である。

(2)
 日本経済の3つの問題点のひとつとして,サービス産業の生産性に着目している。そして「サービス産業の生産性が上がらなければ、国内に質の高い雇用を確保することは難しく、平均賃金も上昇しない」としているが,生産性の向上と賃金の向上の関係には注意が必要だ。労働者の技能向上で労働生産性が高まれば賃金は上昇するが,全要素生産性の上昇(体化されない技術進歩)は生産されるサービス価格を低下させ,経済全体に広く薄く恩恵が及ぶが,当該産業の賃金向上には貢献しない。成長戦略による生産性の向上では問題産業の低賃金は改善しないかもしれない。

(3)
 大田大臣の寄稿は,「新成長戦略の策定と実行に全力で挑みたい」と力強く結ばれている。その心意気は高く評価したいが,より困難になりつつあるのは歳出歳入一体改革の遂行である。力の配分としては,こちらを重視してほしい。

(参考)
 この記事で紹介した数値は,OECD Economic Outlook No. 82 (December 2007)のAnnex Tableに収録されている。
潜在GDP成長率 (表21)
労働力人口成長率(表20)

http://www.oecd.org/document/61/0,3343,en_2649_37443_2483901_1_1_1_37443,00.html

(注)
労働力人口成長率に労働分配率を乗じたものが経済成長率への影響になる。OECDの潜在成長率の推定で用いられた労働分配率は0.741である。出所は,Economic Outlook Database Inventory (EO82 December 2007 version)の22頁。

http://www.oecd.org/dataoecd/47/9/36462096.pdf

1人当たりGDP 日本は18位に後退(図解)

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 1月17日に開催された経済財政諮問会議の議事要旨によれば,「なぜ購買力平価を使わない?」で取り上げた甘利経済産業相提出資料について,町村官房長官が以下のように発言している(下記のURLにある文書の16ページ)。

http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/0117/shimon-s.pdf

「(町村議員)甘利議員の言われた1人当たりGDPについては、為替レートの関係が随分あるのではないか。これを見ると絶望的な気分になってしまう。事実絶望的になる部分があるが、対ドルではユーロはみんな上がっているから、ある意味でEU諸国は当然上がる。その部分を考慮した数字で出さないと、錯覚を与える数字になる。大田議員に今度数字を出していただきたい。」

 的確な指摘だと思う。為替レートではなく,購買力平価で換算して比較すべきである(くわしくは,「1人当たりGDP 日本は18位に後退」を参照)。そこで,資料を作成してみた。
 上図は,日本の1人当たりGDPを為替レートで換算したものと購買力平価で換算したものを1984年から示したもの(各年ごとにOECD全体の計数を100として指数化)。
 購買力平価で換算した1人当たりGDPは,(OECD平均との比較で)1980年代は上昇傾向,1992年以降は下降傾向,そのなかでも96年から99年にかけての下降が目立つ。バブル崩壊以降の日本経済の低迷が反映されていると解釈できる。為替レート換算のGDPの変動よりも納得のいく動きをしているのではないだろうか。

(注)
 図のデータの出所は,OECD Annual National Accounts Database(「もはや経済は一流ではない?」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/1455958.html )で,出所をSourceOECDと書いたが,より適切な表現に改めます)。データは1970年から利用可能である。

もはや経済は一流ではない?

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 本当は「もはやデフレではない」と言いたかったところかもしれない。そのかわりに危機感を伝えたかったのかもしれない。1月18日の大田経済財政相の経済演説での「もはや日本は『経済は一流』と呼ばれるような状況ではな(い)」という一節が波紋を広げている。
1人当たりGDP 日本は18位に後退」で指摘したように,購買力平価で評価すれば,日本のGDPは「もはや」ではなく,かつて一流であったことはない。虚像を追いかけてもしかたがない。現状が実力に近いのである。
 また国民の視点に立つのが福田政権の路線ならば,消費水準を見るべきである。上図は,購買力平価で評価した1人当たり現実個人消費(民間最終消費支出と政府の個別消費支出の和,OECD平均=100)を示したものであり,ピークの1996年でもOECD平均を下回っているのである。
 GDPよりも消費の指数水準が低いのは,投資がGDPに占める割合が大きいため。その割に成長率が高くないのは,投資が効率的でない用途に使われている可能性が示唆される。非効率な投資の可能性は,故アルバート・安藤氏,林文夫東大教授,齊藤誠一橋大教授の研究によって,最近注目されている話題である。

(注)
 図のデータの出所は,SourceOECD。おそらくNational Accounts of OECD Countries, Vol. I: Main Aggregates 2008 Editionに収録の時系列と同じになると思うが,2008年版の印刷物は2月13日刊行のようなので,確認できていない。
 OECD全体は,1993年以前のデータが利用可能でない,チェコ,ハンガリー,ポーランド,スロバキアをのぞいた26か国でデータを集計している。

(参考)
第169回国会における大田大臣の経済演説
http://www5.cao.go.jp/keizai1/2008/0118keizaienzetsu.pdf

Ando, Albert (2002), “Missing Household Saving and Valuation of Corporations,” Journal of the Japanese and International Economies, Vol. 16, No. 2, June, pp. 147-176.
Ando, Albert, Dimitris Christelis, and Tsutomu Miyagawa (2003), “Inefficiency of Corporate Investment and Distortion of Savings Behavior in Japan,” in Magnus Blomstrom et al. eds., Structural Impediments to Growth in Japan, Chicago: University of Chicago Press, pp. 155-190.
Hayashi, Fumio (2006), “The Over-Investment Hypothesis,” in Lawrence R. Klein, ed., Long-Run Growth and Short-Run Stabilization: Essays in Memory of Albert Ando, Edward Elgar.
齊藤誠(2008),「家計消費と設備投資の代替性について:最近の日本経済の資本蓄積を踏まえて」,『現代経済学の潮流 2008』,東洋経済新報社,近刊,
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