岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

COVID-19

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【日本経済学会会員の皆様】「COVID-19に関する文献の情報提供」について

 1月12日付の会員の皆様へのお知らせで、COVID-19に関する文献の情報提供をお願いいたしましたが、早速、多数の情報提供をいただきまして、ありがとうございました。情報は随時受け付けていますが、2月7日(日)までに寄せられた情報を取り入れた文献リストの更新版を、2月中旬に「新型コロナウイルス感染症に関する研究」サイトにて公開する予定です。
 先日、報告申込が締め切られた今年度春季大会の応募論文も、所属機関のディスカッションペーパーやプレプリントサーバーに登録されて、一般にアクセスできる状態でしたら、リストの候補となりますので、ぜひ情報をご提供ください。
 情報提供の方法の詳細は、日本経済学会サイト「会員専用ページ」の「お知らせリスト」の「COVID-19に関する文献の情報提供のお願い」をご覧ください。文献収集の目安については、「新型コロナウイルス感染症に関する研究」サイトの「ABOUT」で説明しています。

(関係する過去記事)
「日本経済学会『新型コロナウイルス感染症に関する研究』サイトを開設しました」

「『新型コロナウイルス感染症に関する研究』サイトを更新しました」

「新型コロナウイルス感染症に関する研究」サイトを更新しました

 日本経済学会新型コロナウイルス感染症ワーキンググループは30日、「新型コロナウイルス感染症に関する研究」サイトの文献リストを更新しました。10月13日の当初公開版は62本の文献を収録しましたが、今回は15本の文献を追加しました(WGで11月26日までに収集したものです)。会員の新たな研究成果が発表され、査読雑誌への掲載も決まってきました。

 同時に、文献リストのデータをサイトで公開しています。新型コロナウイルス感染症関係では、患者の発生届が医療機関からFAXで保健所に送られて手入力で集計されている事情は以前に話題になりましたが、保健所設置自治体と都道府県が集計したデータは、簡単には全国集計できないように、思い思いの形式で公表されています。簡単に集計できないとは、書式がばらばらなことに加えて、「機械で読めない」ということであって、図形データで書き込まれていたり、表の構造が複雑すぎたり、書式がよく変わる、という問題です。
 機械で読むことを念頭にWebに置かれたデータは、LOD(Linked Open Data)と呼ばれますが、LODを理解している関係者が多ければ、データの集計がもっと容易になり、実態がもっとよく把握できたでしょう。
 データ分析も専門領域とする学会としては、新型コロナウイルス感染症に関わる際に、LOD無視の潮流からは距離を置くためにデータを公開しました。サイト作成の舞台裏を少しお話しすると、まず文献収集班のメンバーが集めた情報を、共有のGoogleスプレッドシートに入力し、公開のタイミングで誤記入や体裁の不統一を直します。ここからWG内部で利用する項目を除いたものが、公開したデータです。なお、シートでは、このデータをソートして、HTMLのタグをつけるところまで作業して、サイト運営班に渡します。
 サイト開設の際にデータ公開の構想はあったのですが、項目の一部が流動的だったので、公開は見送りました。その後の見直し作業で項目がほぼ固定されたので、今回版で公開できました。項目は、著作物のメタデータ語彙であるDCMI、PRISM等に沿っていますが、WGでの使いやすさを優先させて変更した部分があるので、公式にはこれらの語彙とは関係ないことにしています。
 さて、「公開したのでご利用ください」と通常は言いたくなるのですが、このデータに関しては公開することに意義があるという理由で公開するので、どういう利用方法があるのかは、正直なところ私の頭では見当がつきません。TSV形式での公開は三つ星LODですが、それ以上の星を目指さないのも手間をかけるに値する利用価値が思いつかないからです。何か役に立つ使い方があったらいいのですが。

(参考)
5つ星オープンデータ

Semantic Web - W3C

(関係する過去記事)
「日本経済学会『新型コロナウイルス感染症に関する研究』サイトを開設しました」

日本経済学会「新型コロナウイルス感染症に関する研究」サイトを開設しました

[2020年11月30日追記:題名が「新型コロナウイルスに関する研究」になっていましたが、正しいサイト名に訂正しました。]
 日本経済学会は13日、「新型コロナウイルス感染症に関する研究」サイトを開設しました。サイトを作成した新型コロナウイルス感染症ワーキンググループ(以下、WG)は、新型コロナウイルス感染症に関する経済学的研究について日本経済学会員の研究成果を紹介し、経済学の知見を新型コロナウイルス感染症対策に活かすための活動をすることを目的としています。サイトでは、これまで公開されている一般向け記事と専門的な研究論文のリストを公開しています(文献収集の目安についてはサイトをご覧ください)。WG委員長として、このサイトの立ち上げに関わっていましたので、サイトの位置づけについて簡単に説明します。
 現在、日本では主として医学系の学会が新型コロナウイルス感染症の関連情報をウェブ上で紹介しています。国立国会図書館リサーチ・ナビに、これらのサイトへのリンクの一覧があります。医学系の学会では研究以外の情報も多数掲載してありますが、研究の情報にしぼった経済学版が、このサイトになります。
 経済学分野で関係する内外の取組を見てみると、英語の研究論文では、欧州のCentre for Economic Policy Research(CEPR)がCovid Economicsという電子ジャーナルを発行しています。通常の査読雑誌と違うのは、投稿されたディスカッション・ペーパー(プレプリント。以下、DP)を48時間で掲載の可否のみ判断して、掲載している論文自体は未公刊の扱い(後で他の雑誌に投稿してよい)という扱いをとっています。この過程によって、ある程度のスクリーニングをしたDPのポータルの役割を果たしています。
 米国のNational Bureau of Economic Research(NBER)が発行するWorking Paper Seriesは学界への影響力が大きく、新型コロナウイルス感染症に関係するDPもすでに多数刊行しており、そのリストを提供しています。
 一般向けの記事では、CEPRのVoxEUに、関係する論考が多く集まっています。
 もちろん、その他の場所でも数多くの文献が公開されています。
 学会の活動としては、欧州のEuropean Economic Associationは、新型コロナウイルス感染症の研究計画を登録するシステムを運用しており、世界でどのような研究が計画されているかを一覧できます。日本では、東京経済研究センター(TCER)がこれに対応する取組をしていますが、一般には公開されていません。
 CEPR、NBER、TCERは、それ自体が研究をする研究機関ですが、学会は会員が研究成果を発表する場であり、主体的に研究をする機関ではありません。そのため、研究機関と学会は、おのずと役割が違います。
 内外の学会と研究機関の活動状況を見て、WGは、クリエーターではなく、文献情報を収集して提供するキュレーターと、研究を活性化させるファシリテーターとしての活動を目指すことにしました。
 当初公開版に掲載した文献は、WGの文献収集班(岩本康志、大竹文雄、川田恵介、久保田荘、宮川大介)が10月5日までに収集したものです。今後も新しい研究が発表されると思われますので、文献リストは機会を見て拡充する予定です。

不適切な営業自粛要請の代償

 多くの政策と同様に、新型コロナウイルス感染症対策についても、政府は自分のとった政策を肯定的に評価する傾向にある。しかし、未知の感染症への対応であったが故に、情報不足による判断ミス、事前準備の不足のための不本意な対応などがあっても当然である。後から振り返れば誤りであったとしても、その時点では最善の努力をしていれば責められるべきではなく、つぎの危機に備えての改善を考えるべきである。そうした反省をせずに、過去の行動を正当化してしまうことは、判断や行動のミス以上に罪が重い。
 とくに事業者への営業自粛の要請については、きわめて問題がある対応であったにもかかわらず、問題を見据えずに、問題がある対応を固定化しようとしている。

 新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律案に対する附帯決議に基づき、政府が作成した「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の実施状況に関する報告」によれば、施設の使用制限は以下のように実施されたとされている。

24条第9

施設の使用制限等の協力要請

45都道府県

45条第2項・第4

施設の使用制限等の要請及び公表

21都道府県

45条第3項・第4

施設の使用制限等の指示及び公表

5

 関係する条文は以下の通りである。
第24条(都道府県対策本部長の権限)
9 都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。
第45条(感染を防止するための協力要請等)
2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる。
4 特定都道府県知事は、第二項の規定による要請又は前項の規定による指示をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない。
 条文の趣旨を、『逐条解説 新型インフルエンザ等感染症対策特別措置法』(新型インフルエンザ等対策研究会編集、中央法規、2013年、以下『逐条解説』)によって見ていこう。『逐条解説』は、
第1編 新型インフルエンザ等特別措置法の制定とその背景
第2編 逐条解説
第3編 法令
第4編 参考資料
から4編構成になっている。第24条の適用については、本編である第2編と参考資料である第4編で、違ったことが書かれている。
 まず、本編である第2編の内容は以下の通りである。何が問題かがかわるように、第45条第4項の「公表」から考えていきたい。この「公表」という措置は、第24条による協力要請に応じない業者名を発表する、という懲罰的な措置として用いられた。しかし、『逐条解説』では、第4項の趣旨は、「利用者のため、事前に広く周知を行うことが重要であることから、公表することとしたものである」と説明されている。つまり、お店や建物が閉まっていることを利用者が知らなければ不便である、ということである。では、第24条による協力要請によってお店や建物が閉まっているときは、そのことを利用者が知らなくても不便ではないのだろうか。お店や建物が閉まっていることを利用者が知らないと不便なのは、第24条による協力要請でも第45条による要請でも同じではないだろうか。
 公表が利用者のためだとしたら、なぜ第24条による協力要請では公表を義務づけていないのか。
 それは、『逐条解説』第2編によれば、第24条による協力要請は限定的だからである。第2編では、第24項第9項について、以下のように説明している(85-86頁)。
 第九項において、都道府県対策本部長は公私の団体又は個人に必要な協力要請をすることができる旨の規定を置いている。これは、第七条に基づく都道府県行動計画において、都道府県が実施する措置を規定しているが、これらの措置を的確かつ迅速に実施するよう要請を行う必要があるためである。
 例えば、手洗い、うがいなど感染対策の広報活動において、ボランティア団体への協力を要請すること、コールセンターにおけるボランティアの活用(医学生等)や、新型インフルエンザ等緊急事態宣言前においても、学校、社会福祉施設等での文化祭等のイベントを延期することや施設の使用を極力制限することなど、感染対策を実施すること等の協力を要請することを想定している。
 なお、「公私の団体又は個人」とは、おおよそすべての団体又は個人を指す。公私の団体とは、法人格の有無を問わないものであり、「私の団体」は例えばボランティア団体、集会を行う任意団体などがある。
 第45条第2項による要請は、事業者の経済活動を制限する重い措置であり、『逐条解説』には詳細な記述がある(157-169頁)。それらは、第24条第9項の解説には現れない。第24条第9項で、第45条第2項と同様の措置がとれるのなら、第24条第9項の解説で詳しく説明しておかなければならない。
 以上のことから、第2編によれば、第24条第9項には営業自粛の協力要請は含まれないことがわかる。

 ところが、2012年4月27日に成立した特措法が2013年4月に施行される前にまとめられた「新型インフルエンザ等対策有識者会議中間とりまとめ」(2013年2月7日)が『逐条解説』第4編に収録されており、ここでは違ったことが書かれている。
「中間とりまとめ」では、第45条による要請・指示の対象となる施設を、
(区分1)これまでの研究により感染リスクが高い施設等(学校、保育所等)
(区分2)社会生活を維持する上で必要な施設
(区分3)それ以外の施設
と分類した。区分2に例示されているのは、食料品店、公共交通機関であり、第45条の対象外とするのが適当であるとされている。区分3については、「最初から特措法第45条の要請を行うのではなく、まず特措法第24条第9項の一般的な要請を行った上で、対応することが考えられる」(498頁)としている。そして、第45条による要請の適用は、第24条による協力要請に応じずに、公衆衛生上の問題が生じると判断される施設に限定されている。以下が、その説明箇所である(500頁)。
 区分3の施設(興行場等)については、第1段階として、特措法第24条第9項による協力の要請を、施設のカテゴリーごとにすべての規模を対象に(A県B地区の映画館等)行う。要請の具体的内容としては、以下が想定される。
・ 入場制限、消毒薬の設置、咳エチケット等の徹底
・ 場合によっては施設の一時的休業(強調引用者)
※ 要請に応じていただけない場合、特措法第45条の要請・公表を行うことがあるということを併せて周知する。
 第2段階として、第24条第9項による協力に応じていただけず、公衆衛生上の問題が生じていると判断された施設(1000㎡超の施設)に対してのみ限定的に特措法第45条による要請を個別に行う(A県B地区のα映画館、β百貨店)。
 なお、対象外となる1000㎡以下の施設については、特措法第24条第9項による任意の協力要請により対応し、特に必要がある場合には、規模に関係なく特措法第45条の対象とする。
この考え方は、政府の行動計画にも取り入れられた。以下は、政府の行動計画での説明である。
・都道府県は、特措法第24条第9項に基づき、学校、保育所等以外の施設について、職場も含め感染対策の徹底の要請を行う。特措法第24条第9項の要請に応じず、公衆衛生上の問題が生じていると判断された施設(特措法施行令第11条に定める施設に限る。)に対し、特措法第45条第2項に基づき、施設の使用制限又は基本的な感染対策の徹底の要請を行う。特措法第45条第2項の要請に応じず、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命・健康の保護、国民生活・国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、特措法第45条第3項に基づき、指示を行う。
 都道府県は、特措法第45条に基づき、要請・指示を行った際には、その施設名を公表する。
 ここでは、第45条による要請は、第24条による協力要請(例えば消毒薬の設置)に応じなかった事業者に限定されていて、第2編の趣旨より制限されている。また、第45条による公表は、第24条による要請に応じなかった場合の罰則の意味合いをもつように変わっている。

 以上が事前に計画されていたことである。しかし、第45条による要請を『逐条解説』第2編よりも限定したことが、裏目に出る。現実には、第24条による協力要請にきちんと応じる事業者にも休業要請したいのに、「中間とりまとめ」に沿った、政府の行動計画(それに沿って作成された地方の行動計画)がその道をふさいでいるのである。そこで利用したのが、上に引用した「中間とりまとめ」で、第24条による協力要請の具体的内容として「場合によっては施設の一時的休業」が書かれていることである。これが、日本全国に適用された。
 行動計画を逸脱しなければ動けなくなった以上、逸脱することは仕方がない。問題は、どこをどう逸脱するかだ。選択肢には、根幹を死守し枝葉を犠牲にするか、枝葉を死守し根幹を犠牲にするか、があった。現実は、後者を選んだ。
 もともとは、特措法での緊急事態措置による私権の制限は大きな問題をはらむものであり、第5条では「国民の自由と権利が尊重されるべきことに鑑み、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない。」と定められている。当然、休業要請も抑制的に運用することが求められる。法律の構造では、根幹とは私権の制限を最小限にするということ、枝葉とは行動計画を遵守すること、である。
 根幹を死守するには、第24条ではなく第49条による要請を出すべきだった。「中間とりまとめ」を捨てて第2編の趣旨に沿い、休業要請は第45条による要請に限定されていると解釈するのだ。しかし、法律条文では第24条と第45条の具体的内容の区別はつきにくい。そして、「中間とりまとめ」に、第24条で休業要請が出せる文章があった。こうして、蟻の一穴から堤防が崩壊した。
 4月には緊急事態宣言後に第24条による協力要請が出されたが、法律上は第24条による措置は緊急事態下に限定されない。今回の政府の報告を是とするなら、緊急事態宣言を出さなくても、事業者の死活問題になる休業要請を出すことができる。特措法制定時に懸念されていた私権の制限の余地が、いつの間にか大幅に拡大されてしまった。
 第5条の背景にあるのは、財産権の保護は高度な経済を営むために欠かすことのできないものであるという認識である。発展途上国が経済発展するためにまず整えるべきことは、財産権を確立して、経済活動を安定的に営めるようにすることである。ところが、感染症への恐怖だろうか、私権を制限する対策を安直に求める意見を散見する。しかし、たやすく休業要請がされる社会では高度な経済は営めない。言い換えれば、感染症を抑止するために安直に私権の制限を求める代償は、先進国をやめることである。
 財産権の保護は先進国にとって空気のようなものであって、普段はそのありがたさに気づきにくい。それが、休業要請の運用の危険性に鈍感な理由だろう。しかし、空気がなくなれば大問題である。

[2020年9月1日追記:24条を29条としていた数か所の誤記を修正しました。]

(参考)
新型インフルエンザ等対策研究会編集『逐条解説 新型インフルエンザ等感染症対策特別措置法』(中央法規、2013年)
新型インフルエンザ等対策政府行動計画」(2013年6月7日、2017年9月17日変更)
新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(2013年6月26日、2018年6月21日一部改定)」

(関係する過去記事)
『自粛要請に関連する補償のあり方』

「感染症拡大モデルにおける行動制限政策と検査隔離政策の比較」へのコメント

 新型インフルエンザ等対策有識者会議の基本的対処方針等諮問委員会と新型コロナウイルス感染症対策分科会の委員である小林慶一郎氏が、奴田原健悟教授との共同論文「感染症拡大モデルにおける行動制限政策と検査隔離政策の比較」を20日、発表している。要旨には「検査隔離は検査強度を最大にして1年間継続することが望ましい」とあり、小林氏がかねての主張している検査強化を根拠づけるかのように見える。しかし、私が一読した感想では、この論文からこのような結論を導くことはできないと思う。

1.政策の選択について
 論文の核心部分は、以下の2つの政策の比較である。

(A)「検査をせず、接触8割削減を360日おこなう」政策では、GDPの損失が20.69%、死者数が0.2829%。
(B)「全員に毎日検査をおこない、接触5割削減を90日おこなう」政策では、GDPの損失が7.25%、死者数が0.2777%。

 政策のシミュレーションでは、(A)を比較の基準となる政策として、これよりも死者数を上回らない範囲で、GDPの損失が小さくなる政策を探している。接触一律削減だけでなく、検査を併用することで、死者数も経済損失も小さくなる政策の組み合わせがいくつも見つかることを示している。このこと自体は、多くの先行研究で見出されてきたこととも符合する。そして、検査回数は「全員に毎日」が最大限という条件のもとで、最大限の検査をおこなう政策が最もGDPの損失が小さくなった。
 毎日検査の具体的イメージは、朝に検査して、夕方には結果がわかり、陽性者は隔離されて感染が減る、というものだろうか。「陽性=他人に感染させる可能性あり」とモデル化されているので、他人に感染させる機会があるのは、前日に検査を受けた後(結果は陰性)から今日の検査結果(陽性)を知らされるまでの期間になる。
 ただし、政策を選択するという観点から見ると、そもそも(A)が実行に値しない下策であれば、(B)はそれよりはましな下策に過ぎず、やはり実行に値しない、という可能性が否定できていない。(A)は、接触8割削減の自粛を1年間続けて、多大の経済損失を甘受するというものであるが、現実にはどの国でも採用しようとしない政策が正当化できるか、という問題は論文では棚上げしている。したがって、この分析は、(B)を選択すべき、という根拠にはならない。

2.検査費用について
 シミュレーションが実際の政策の選択に役立つには、検査費用が合理的に見積もられている必要がある。論文の基本ケースでは、国民が毎日1回検査を受ける費用がGDPの10%である、と仮定している。新型コロナウイルス感染症の影響を受けない2019年の名目GDPが554兆円であり、1億2,600万人(年央人口)が年間365回検査を受けるとすると、1回あたり費用は約1,200円である。現在のPCR検査費用を安く見積もっても、その10分の1以下の費用である(例えば、保険適用の費用は検査機関による検査で19,500円)。規模の経済が働き費用が下がることを想定し、検体をまとめて検査する「グループ検査」方式を採用するにしても、この費用の設定は低いのではないだろうか。
 論文では、この3倍の費用の場合の政策シミュレーションもおこなっていて、こちらはもう少し現実味を帯びた設定である。その結果(論文・表3)は、興味深いものとなっている。検査上限を1日当たり1、0.25、0.1回としたシミュレーションをしているのだが、いずれのケースも検査上限よりも低い検査水準が望ましいという結果になっている。つまり、「検査費用が現実の水準のように高いと、検査をいくらでも増やすことは得策とならない」という結果が得られている。これは政策立案にも示唆深い知見ではないだろうか。
 なお、ある上限制約で内点解が求められても、上限を上げると別の内点解が求められていることから、検査水準とGDP損失が単調な関係になっていないことが窺われる。どのような関係にあるのかの考察はされていないが、検査と経済の関係を理解する上でも重要な課題なので、何等かの考察が望まれる。

3.その他
 その他に、分析の改善を期待したい点に、以下のようなものがある。
 論文では、検査結果が100%正しい、と仮定している。しかし、偽陰性が(よく言われる)70%であれば、検査しても30%は隔離し損ねる。したがって、感染抑止効果は過大評価されていると考えられる。この修正は比較的容易と思われる。
 シミュレーションでは、何も対策を講じなければ総人口の2%以上の死亡者が出るとされている(論文・図2)が、1憶2,600万人の2%だと252万人であり、論文執筆時点の世界全体の死亡者の3倍を上回る。これは過大推計ではないだろうか。このことは、死亡者数を抑制する政策の価値も過大推計することにつながる。
 最適解の探索では、接触機会の削減率は実施期間中一定であると仮定されているが、実際には期間中に変化させることが可能であり、必要以上に厳しい制約を課している。先行研究の主流は、行動制限の水準を時間によって変化させる政策の分析であるので、この仮定は緩めた方が望ましいのではないか。
 無検査感染者の動学を示す(17)、(19)式は正しいのだろうか。無検査感染者は、回復、入院、検査の3つの経路で減少するが、検査を受ける者は同時に回復、入院することもあるので、流出数が二重計算になってはいないだろうか。

4.論文から何が言えるか
 まとめると、この論文からは、国民全員を毎日検査して陽性者の隔離する政策が望ましいとは言えない。検査費用が高額であることを考慮すると、注意深く、費用に見合う効果をあげる形で検査能力を拡大していくことが重要であろう。

(参考文献)
小林慶一郎・奴田原健悟(2020)「感染症拡大モデルにおける行動制限政策と検査隔離政策の比較」CIGS Working Paper Series No. 20-005J
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