岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

身辺雑記

Yahoo! ブログから引っ越しました。

医療経済学会・特別セッション「保健医療費統計の課題」

 9月5日に開催された医療経済学会第15回研究大会の特別セッション「保健医療費統計の課題」に登壇しました。司会が池上直己先生(聖路加国際大学客員教授)、シンポジストが私の他に小峰隆夫先生(大正大学教授)、満武巨裕先生(医療経済研究機構研究副部長)でした。
 医療費の統計でよく知られているのは「国民医療費」ですが、これは保険診療の対象となる医療費を推計したもので、(1)予防が重視されるなか予防医療・保健の費用を含まない、(2)日本独自の統計のため国際比較できない、という課題があります。私の報告では、保健医療費統計の国際基準であるSHA(A System of Health Accounts)と日本の国内統計の関係を、経済統計の最近の改革の動向と関係づけて説明しました。
 私の報告スライド(PDF file)をサイトに掲載しています。

『雇用と賃金を考える―労働市場とEBPM(証拠に基づく政策形成)― 令和元年度国際政策セミナー報告書』

 国立国会図書館出向中に関与した『雇用と賃金を考える―労働市場とEBPM(証拠に基づく政策形成)― 令和元年度国際政策セミナー報告書』が27日、発表されました。これは、2019年11月15日に行われたシンポジウム(国立国会図書館と東京大学大学院経済学研究科付属政策評価研究教育センターの共催)の記録です。
 私は開会挨拶、趣旨説明とパネルディスカッションのコーディネーターを務めています。
 シンポジウムの構成は、

基調講演「最低賃金引上げは格差と貧困を是正するか?」
 デイヴィッド・ニューマーク教授(カリフォルニア大学アーバイン校)
テーマに関する報告(1)「最低賃金は有効な貧困対策か?」
 川口大司教授(東京大学)
テーマに関する報告(2)「日本の貧困の現状と最低賃金について」
 大石亜希子教授(千葉大学)
パネルディスカッション

となっており、最低賃金を主軸に、雇用と賃金に関する現在の課題を議論しています。報告書にはその他に参考資料として、国立国会図書館が作成した「米国の諸地域(州、市等)における最低賃金引上げの状況」、「「勤労所得税額控除(EITC)」について」が収録されています。
 EBPMが副題となっているように、どのように科学的な知見が積み重ねられ、政策的な含意が形成されていくかにも焦点が当てられていますが、一般公開のシンポジウムとして、わかりやすく説明していただいています。

(参考)
 これと関係して、私がプロジェクトリーダーを務めたプロジェクトである『EBPM(証拠に基づく政策形成)の取組と課題 総合調査報告書』も3月に発表されています。

日本経済新聞・経済教室「予算編成見直し 臨機応変に」

 8月14日の日本経済新聞朝刊の経済教室欄に拙稿「予算編成見直し 臨機応変に」が掲載されました。2018年から国立国会図書館に出向していた期間は国会職員の身分であり、個人の意見による発言を控えていましたので、久しぶりの日本経済新聞への寄稿になります。
 拙稿は、「財政をどうするのか」シリーズの第2回になります。7月31日に「中長期の経済財政に関する試算」がまとめられたことを受けて、中長期視点から財政運営を考えるという趣旨の依頼でした。
 第1波の流行が深刻な時期には、感染症対策と感染症の影響への対応のため大幅な財政出動が必要とされましたが、この依頼を受けた時期は新規感染者も重症者も落ち着いてきて、感染症を抑え込んで経済も財政も通常に戻る見通しでの課題を論じることが想定されていたのですが、感染の再拡大によって問題設定が変わりました。将来を見通すことが不透明ななかで、どのように中長期の戦略を描くか、どのように来年度予算と今年度補正予算を編成していくか、を主題にしています。
 理論的支柱となる「リアルオプション」は物理的に不可逆的な意思決定(ある用途に投資した設備は他用途に転用できない)を想定していますが、予算を政治的に不可逆的な意思決定に見立てて、意思決定を遅らせることの価値を予算編成の議論に導入しています。行政の計画は時間をかけて準備した方がいいので、早めの準備と遅めの決定を組み合わせることは実は非常に難しい作業になります。予算編成の関係者には大きな苦労が生じますが、ウイズ・コロナ時代の避けて通れない課題です。

連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」④経済

 6月26日にオンラインで開催された、東京大学国際高等研究所東京カレッジ主催の連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」④経済、に登壇しました。コーディネーターが星岳雄先生(経済学研究科教授+東京カレッジ特任教授)、登壇者が私の他に、渡辺努先生(経済学研究科長)、川田恵介先生(社会科学研究所准教授、経済学研究科CREPE)、宮川大介先生(一橋大学准教授、経済学研究科CREPE)です。
 シンポジウムはYouTubeでライブ配信されましたが、録画が公開されています。


 以下は、最初と最後の発言のために準備した原稿です(そのため、話し言葉に近くなっています)。最後の発言はシンポジウムの流れに合わせたため、準備原稿の一部は使われてないで、終わりました。[2020年6月27日追記。準備原稿に対する直前の修正が反映されていなかったので、微修正しました。]


 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、90年前の大恐慌以降で最大の不況になると予想されている(OECD 2020、IMF 2020)。過去100年あまりでこれに並ぶ大きな経済ショックは、2つの世界大戦、世界的金融危機、100年前のスペイン風邪とごく限られた数しかない。
 これらの大きな経済ショックと、もう少し小さなショックまで含めたなかで、戦争と疫病は、別の目的のために自らの意思で経済を犠牲にするところが他の経済ショックと違うところである。このため、不況にどう対応するかは、起こってほしくないショックが起こったときに、どのようにそのショックを緩和していくかを考えていくのに対し、新型コロナウイルス感染症の場合は、健康と経済のトレードオフのもとで、相当の経済の犠牲を払うことを選択した。
 新型コロナウイルス感染症での日本や世界の選択が妥当なものであったかどうかは、まだ確定しているわけではなく研究途上だが、少なくとも日本は健康を過剰に重くみたのではないか、というのが、私が現在持っている感触である。
 日本では2月14日に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が設置され、疫学の専門家の分析と助言が対策の立案に大きく影響した。疫学には感染症の流行を記述するモデルや、対策の効果を検証するモデルはあっても、感染症対策の経済的な費用を勘案するモデルはない。感染症の専門家が専門的見地に忠実であろうとすれば、経済度外視の助言が出てくることになる。
 そこで、健康と経済のトレードオフについては経済学の知見が必要となる。
 私は日本の対策の評価をしているが、専門的にまだ詰めるところがあるので、幹にあたる部分だけブログ(岩本 2020)で発表したが、現在落ち着いているところまででわれわれが対策で得たものを金銭評価すると、大きく見積もってもGDPの約0.5%で、もっと小さいことも十分にあり得る。経済損失に関わる数値はこれから明らかになってくるので、現在は正確にはわからないが、それでも0.5%で収まることはなくて、ひと桁違う5%になっても全然不思議はないし、それ以上になるかもしれない。新型コロナウイルス感染症にはわからないことが多いので、いま出した数字は幅を持って見なければいけないが、おそらく得たものの価値とはけた違いの経済損失をもたらしている。
 しかし、4月7日に出された緊急事態宣言は、おおむね一般市民から支持されて実施されている。世界を見るともっと強力な活動制限措置もとられたが、当時はおおむね支持されている。そうなる理由の1つとして、この感染症では肺炎が急速に進行したり、集中治療室(ICU)を長期間占有してしまうという、医療従事者にとってはきわめて脅威となる病状があって、軽症や無症状の感染者の情報がつかみにくいこともあいまって、最初は医療従事者から情報が発信されるときに、正確な評価よりも深刻な脅威ととらえた情報が広まったことが考えられる。そして、流行期の一般市民の受け止め方も、健康を重視する方向に偏ったことが考えられる。流行の最盛期に英国と米国を対象にして健康と経済のトレードオフに関する意識調査をした研究によれば、このときの調査対象者が健康に置いた価値は従来の研究で妥当と考えられている範囲よりも1桁大きい金額になったと報告している(Hargreaves Heap et al. 2020)。一般市民のトレードオフの選択が与えられた情報によって変化する現象が起こっている。

 以上はこれまでを振り返る話だったが、つぎに将来のことに目を向けたい。
 ウィズコロナ社会では、経済と感染予防を両立させることが要求される。経済活動が活発にすれば感染機会が拡大する。この健康と経済のトレードオフによって、経済活動の制限が必要となれば、一律制限よりも効果の大きい制限にしぼった選択的な制限をとるべきである。
 直近の課題は医療体制を立て直した上で経済を回していく経済再開(reopen)である。ここでは、ある程度のリスクをとって制限を緩和していくことになる。そのときに、制限を緩和することで生まれる経済的価値と感染拡大の比率を考え、比の大きい産業を動かしていくという考え方が、選択的な制限である。実際にどの産業から制限を緩和していくべきかについては、ハーバード大学の経済学者と公衆衛生学者がチームを組んだ研究の結果を紹介したい(Baqaee et al. 2020)。じつは、どの産業から再開していくかという問題設定をすると、産業の数とタイミングが政策変数となり、数が多すぎて、厳密には解けなくなる。そこでこの研究では、先ほど述べた経済的価値と感染拡大の比を産業別に求めることをしている。感染リスク当たり経済価値が高い産業としては、金融、法律サービス、企業経営・管理、コンピューターシステム開発、出版が挙げられている。専門技術サービスで付加価値が高いことや、リモートワークが可能なことが、こうした産業が上位に並ぶ理由のように思える。おおむね米国が強い業種であり、日本では弱い業種なので、そのまま日本でも当てはまるかどうかはわからない。
 逆に、感染リスク当たり経済価値が低い産業には、接触が必要な業態が並んでいるが、なかには医療、福祉、運輸という、止めることができない産業があるのが悩ましいところだ。教育もここに入っていて、長期間休校にしてしまったが、止めることの費用は大きい産業だ。他の産業としては、飲食、宿泊、娯楽が入っていて、これらは現に最も制限が課された産業になっている。実際の経済活動の制限は、こうした研究がないうちに、直観的な推測でされていたと思われるが、大勢としては妥当なものだったろう。ただし、一部の産業が大きな負担を負うことが、ショックとその後の回復に共通して発生するので、負担を負った産業をどう支援するかが大切になる。効率を重視すると格差が拡大する、という経済ではよく語られる現象がここにも現れている。望ましい対応は、感染症対策によって経済にかけられた負荷は、できる限り全体で平等に負担することだろう。

 新型コロナウイルス感染症はパンデミックになったが、健康と経済のトレードオフでどういう選択をしたかは、国によって分かれた。これはウイルスとの戦いに様々な選択肢があったことを意味するが、実際に各国の選択の背景を詳しく見ていくと、さまざまな選択肢のなかから選び取ったというよりは、それを選ばざるを得なかったという事情が浮かび上がってくる。例えば、経済活動を制限せずに対応したスウェーデンは、欧米諸国のなかではかなり異質の対応をとったが、スウェーデンの憲法上の制約や人々がお互いの行動を信頼して尊重するという文化的理由などによって、むしろ必然的に制限をかけない道を選ぶことになったというのが、スウェーデンの研究者の見解である(Karlson, Stern and Klein 2020、Jonung 2020)。
 日本を見ると、欧米で感染が進んだ国よりはるかに感染者が少ない状態で、都市封鎖ほど強制的でないにしても、かなり厳しい水準の行動制限の目標が課されて、経済が大きく落ち込んでいる。日本は抑え込みに向かわざるを得なかったのは、日本の医療体制が欧米が直面した規模の感染症の流行に対応できなかったという事情がある。イタリアをはじめ、欧米で「医療崩壊」を招いたが、それよりもけた違いに少ない患者数で日本が医療崩壊の瀬戸際まで追い込まれたことは、「日本モデル」の負の側面として認識しておかなければいけない。
 他の負の側面には検査体制が脆弱であったことが挙げられるが、検査体制を強化することも重要であるとしても、一律ではなく、選択的な検査と隔離が有効である。その手段である、積極的疫学調査(contact tracing)によって、感染の疑いが濃い者を検査することで、一律に検査するよりも圧倒的に費用が安いだけではなく、より多くの感染者を隔離することができることが示されている(Chari, Kirpalani and Phelan 2020)。
 ただし、積極的疫学調査が機能している状態に、一律検査を上乗せすることが有効かどうか、についてはよくわかっていない。検査の拡充を求める声は強いが、感染者を効率的に隔離するという検査の目的を踏まえて、適切な規模までの拡大を行うべきである。
 また、積極的疫学調査については、韓国やシンガポールのような先端的な手法が世界的に注目されていて、一見したところ時代遅れの日本の積極的疫学調査は効果がなさそうに見えるが、新規感染者が少ないときには有効に機能する。これは、長らく結核の蔓延と戦ってきた、日本の保健所体制が支えたものであり、そうした土台がない国では、積極的疫学調査を効率的に進めることができない。このように、経済学の色々な分野で言えることであるが、その国で長い歴史をかけて形成されてきた「制度」の役割は非常に大きい。したがって、色々な政策の対応をフリーハンドで選べるわけではない。これは、ウィズコロナの社会と経済の様式を考えるうえでも重要であって、思いつきで新しい日常の姿を考えても、制度と親和性がないものはうまく定着しないのではないかと考えられる。

 ウィズコロナ社会では健康と経済のトレードオフを日常の選択として考えていかなければいけない。その際には、すでに上で述べたような、以下の2点が重要である。第1に、選択肢はその国で長く培われた制度に縛られていて、制度的要因を無視して自由に選ばれるわけではない。第2に、トレードオフをできるだけ深刻にしないために、効果の高い対策に集中するという、選択的な対策をとるべきである。

参考文献
Baqaee, David, Emmanuel Farhi, Michael J. Mina and James H. Stock (2020). "Reopening Scenarios." NBER Working Paper No. 27244.

Chari, Varadarajan V., Rishabh Kirpalani and Christopher Phelan (2020). "The Hammer and the Scalpel: On the Economics of Indiscriminate versus Targeted Isolation Policies during Pandemics." NBER Working Paper No. 27232.
https://doi.org/10.3386/w27232

Hargreaves Heap, Shaun P., Christel Koop, Konstantinos Matakos, Asli Unan and Nina Weber (2020), “Valuating Health vs Wealth: The Effect of Information and How This Matters for COVID-19 Policymaking,” VoxEU, June 6.

International Monetary Fund (2020), World Economic Outlook Update, June 2020

岩本康志(2020),「感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのZ)」

Jonung, Lars (2020), “Sweden’s Constitution Decides Its Exceptional Covid-19 Policy,” VoxEU, June 18.

Karlson, Nils, Charlotta Stern and Daniel Klein (2020), “The Underpinnings of Sweden’s Permissive COVID Regime,” VoxEU, April 20.

OECD (2020), OECD Economic Outlook, June 2020

『アセモグル/レイブソン/リスト 入門経済学』刊行予定について

『アセモグル/レイブソン/リスト 入門経済学』(東洋経済新報社、以下『ALL入門』)は、今年秋の刊行が(ひっそりと)予告されていますが、いまオンライン授業のニーズが高まっていることから、秋からの授業の準備に間に合うようにスケジュールを早め、8月刊行を目指して準備中です。新型コロナウイルスの影響でいろいろなものが延期されていますが、あえて逆を行きます。
 既刊の『アセモグル/レイブソン/リスト ミクロ経済学』(略称『ALLミクロ』)と『アセモグル/レイブソン/リスト マクロ経済学』(略称『ALLマクロ』)は、原書第1版のミクロ経済学のパートとマクロ経済学のパートをそれぞれ翻訳したものですが、『ALL入門』は、原書から15章を抜粋して、『ALLミクロ』『ALLマクロ』より(わずかに)薄い本でミクロ経済学とマクロ経済学の両方をコンパクトに学ぶことができるように編集されています。
 東洋経済新報社の『教科書の森』サイトでは、すでに『ALLミクロ』と『ALLマクロ』のサポート教材が提供されています。大学教員はサイトからアカウントの申請ができますので、ご関心のある先生はふるってご申請ください。
[2020年8月29日追記:『ALL入門』のAmazonへのリンクを追加]

アセモグル/レイブソン/リスト 入門経済学
ジョン・リスト
東洋経済新報社
2020-09-04

アセモグル/レイブソン/リスト ミクロ経済学
ジョン・リスト
東洋経済新報社
2020-03-20


アセモグル/レイブソン/リスト マクロ経済学
リスト,ジョン
東洋経済新報社
2019-02-01


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