コロナ対策はいつまで続くのだろうか、そう考えている人は多いだろう。現在は新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、「特措法」)に基づく政府対策本部が設置されている有事の体制であるが、どういう条件が整えば法令に即してこれを廃止して、平時の体制に戻すことができるのだろうか。先日公開した拙稿「政府対策本部の設置と廃止:事例研究 新型コロナウイルス感染症」を使って考えてみよう。なお、拙稿では法令と論点をくわしく解説している。
特措法第21条によれば、以下の2つの条件のいずれかが満たされなくなった場合に政府対策本部は廃止される。
① 新型コロナウイルス感染症にかかった場合の病状の程度が、季節性インフルエンザにかかった場合の病状の程度に比しておおむね同程度以下であることが明らかとなったとき② 国民の大部分が当該感染症に対する免疫を獲得したこと等により「新型コロナウイルス感染症」と認められなくなったとき
これは政府対策本部を設置する条件のいずれかが満たされなくなることと同じであり、設置と廃止の条件は整合性がとれている。
②にある「新型コロナウイルス感染症」とは、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、「感染症法」)で定義された、
「新たに人から人に伝染する能力を有することとなったコロナウイルスを病原体とする感染症であって、一般に国民が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの」(第6条第7項)
を指す。後の議論に関連するが、①は特措法由来、②は感染症法由来、である。
①の条件に関する病状の程度の比較については、現在の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」(2019年11月19日決定、2022年7月15日変更)では、
「令和4年1月から2月までに診断された人においては、重症化する人の割合は50歳代以下で0.03%、60歳代以上で2.49%、死亡する人の割合は、50歳代以下で0.01%、60歳代以上で1.99%となっている。なお、季節性インフルエンザの国内における致死率は50歳代以下で0.01%、60歳代以上で0.55%と報告されており、新型コロナウイルス感染症は、季節性インフルエンザにかかった場合に比して、60歳代以上では致死率が相当程度高く、国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある。ただし、オミクロン株が流行の主体であり、重症化する割合や死亡する割合は以前と比べ低下している。」
と説明されている。元の資料は、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(2022年4月13日、第80回)への厚生労働省提出資料である。元資料からは、単純に計算した全体の致死率は0.31%と計算できる。
高齢者の新型コロナウイルス感染症の致死率が季節性インフルエンザの致死率まで下がるとすれば、
(A) ウイルスが変異して弱毒化する
(B) 治療薬、治療法が開発されて、劇的な効果をあげる
ぐらいの道しかない。新型インフルエンザがやがて季節性インフルエンザ並みになるのは経験則であるが、病原体の異なる新型コロナウイルス感染症が季節インフルエンザ並みになることをある程度の確度で予測できるだろうか。できないとすれば、(A)は神頼みである。(B)は人間の努力によるが、ハードルは高く、成算はない(神頼みに近い)。つまり、どちらにしても、いつ実現できるのかに成算はない。
なお、人間の努力することのなかで、この条件を満たすことにほぼ無関係とみられるのが、
(a) 一般市民が感染症対策をする
(b) 医療者が患者を治療する
(c) 政府が感染症対策をする
である。
②は、どこまでの免疫をもてばよいのかはあいまいである。もし①と同じ条件を課すなら、結局、
(A) ウイルスが変異して弱毒化する
(B) ワクチンが改良されて、劇的な効果をあげる
ぐらいの道しかない。①と同じく、これらは神頼みか、神頼みに近い。人間の力でできることは、
(C) ワクチン接種をもって免疫を獲得したと割り切って、感染症法上の「新型コロナウイルス感染症」でなくなったと認める
ことである。
(C)の決断をすると特措法が適用されないので、①の条件は関係ない。ただし、①の条件との整合性が問われる可能性もあるので、①の条件も見直した方がよいかもしれない。特措法での政府対策本部の廃止の条件は、設置の条件が満たされなくなることと同じであり、設置と廃止の条件は整合性がとれている。しかし、このような条件を課すことは未知の状況での意思決定には不都合が生じる場合がある。季節性インフルエンザのリスクは許容して平常の生活を送っているときにそれを上回るリスクがある新たな感染症が現れて有事の体制をとることに意味があったとしても、その段階でその感染症のリスクがやがて季節性インフルエンザの水準まで弱毒化するかどうかはわからない。結果として弱毒化しなければ有事の体制が永続してしまう。季節性インフルエンザを超えるリスクを許容して平常の生活を送るという選択をこれまで迫られてこなかっただけで、それを排除する必然性はない。感染症のリスクの長期的帰結が見通せないときには、設置と廃止の条件を違えた方が、むしろ合理的な選択がおこなえる。
なお、法律上の「新型コロナウイルス感染症」でないことにしただけだと、感染症法の位置づけがなくなり、法律上はただの風邪になってしまう。法改正には時間がかかるので、感染症法上の対策が必要であれば、いったんは(特措法の適用とならない)指定感染症に政令で指定し、法改正で適当な位置づけを与えることになるだろう。
(C)の法律上の「新型コロナウイルス感染症」でなくなったと認めることは、人間の力でできる。時期の制約はない。すぐにでもできるし、いつでもできる。ただ決断すればいい。
この決断をしない場合、政府対策本部の廃止は神頼みに近い(A、B)。感染症対策(a、b、c)にわれわれが一層の努力と犠牲を払ったとしても、致死率が下がるわけでも感染症が根絶されるわけでもないので、政府対策本部の廃止要件は満たされない。治療法、治療薬、ワクチンの開発は、季節性インフルエンザでも他の疾病でもおこなわれていることであり、特措法とは関係のない努力である。特措法に基づく努力で得るものは、収束の見えないなかで感染を少なくすることである。このことを踏まえて特措法の適用をいつまで続けるのか考える必要がある。どのような選択をするかは、人々の価値観に依存するので、ここでは以上のような選択肢の整理までにとどめる。
(参考文献)
「政府対策本部の設置と廃止:事例研究 新型コロナウイルス感染症」https://iwmtyss.com/Docs/2022/SeifuTaisakuHonbunoSecchitoHaishi-JireiKenkyu.pdf
(関係する過去記事)
「季節性インフルエンザの致死率」
「新型コロナウイルス感染症対策本部の廃止」