※この記事は新型コロナワクチンの効果を判断するものでありません。効果の見解を求める場合は、別の信頼できる情報源を参照してください。

ワクチン効果に関する誤情報」「ワクチン効果に関する誤情報(その2:データ連携の課題)」の続きになるので、タイトルに「誤情報」が入ってしまったが、今回の記事は誤情報とは関係ない。

③「ワクチン効果をどう解釈するのか」について。
 専門家コメントでは、厚生労働省資料でのワクチン未接種者と接種者との人口当たり新規陽性者数の差にはワクチン効果以外の要因も影響することを指摘して、ワクチン効果(vaccine effectiveness)についてはWHOのガイドラインに沿う標準的な手法による疫学的研究を参照するべきとしている。この見解におおむね異存はないが、厚生労働省資料をまったく意義のないものとするのはもったいなく、引き続き公表をお願いしたい。その理由を以下で説明する。
「その2」にも書いたように、ワクチンの生理学的な効果について専門外の経済学者が何か言うことはないが、専門家コメントの要因3である「接種者と未接種者の基本的特性、リスク行動、受療行動が大きく異なる可能性がある」については、行動を研究する社会科学、行動科学の研究領域に重なっていて、医療経済学の研究課題でもある。
 話を簡単化するために、専門家コメントにある他の要因を捨象して、要因3だけに着目しよう。
 因果推論の議論に乗せれば、要因3は「交絡因子」である。ワクチン接種、感染、交絡因子は、DAG(Directed Acyclic Graph、有向非巡回グラフ)を用いて下の図のように表される。矢印は、変数間の因果関係の方向を表している。ワクチン効果は、Ⓐで表される。これは、ワクチン接種の有無以外は同質の集団を構成して、両集団の発生率の差として推定される。新型コロウイルス感染症のワクチンに関して日本でおこなわれている多施設共同症例対照研究(VERSUS)では検査陰性デザイン(test-negative design)という手法で、同質的な集団を構成して、Ⓐを推定しようとしている。現在の最新版(第5報)では、正の発症予防効果が報告されている(VERSUSでは発症に着目し、厚生労働省資料では無症状を含む陽性に着目するという違いがあるが、議論の簡単化のため、この差異はいったん捨象する)。
ワクチン効果に関する誤情報(その3)1
専門家コメントの執筆者の一人である鈴木基国立感染症研究所感染症疫学センター長へのインタビューでは、以下のようなやりとりがある。

——それにしても未接種者よりも2回目接種の方が新規陽性者が多いというのは解せないですね。

極端な話、全員が2回接種して1年後で、ほとんどワクチンの効果が期待できないとしても、陽性者は未接種とほぼ同じぐらいになるはずですよね。おっしゃる通り、逆転するのはそれだけでは説明できません。

 聞き手と鈴木氏ともに、ワクチン接種によって感染しやすくなるとは考えていないようだが、専門外の経済学者が判断するものではないので、以下の議論はⒶルートによる効果が「ワクチンを接種すると感染しにくくなる」であると仮定したらどうなるか、という議論をおこなう。
 厚生労働省資料は、単純に人口をワクチン接種歴で分類しているので、未接種者と接種者が同質の集団でないかもしれず、両集団の発生率の差にはⒶ以外の要因も含まれているかもしれない。Ⓐルートによる「ワクチンを接種すれば感染しにくくなる」を覆す交絡因子の影響が働いていることになり、交絡因子は、「ワクチン接種を促すと同時に感染リスクのある行動を促す」ものであることがわかる。
 上の図に行動変数を具体的に記述すると、DAGは下の図のようになる。この図では、ⒶルートはA1とA2の2つに分かれる。まずA1ルートは生理学的要因で感染しにくくなる、ワクチンの効能(vaccine efficacy)である。A2ルートは、ワクチン接種によって行動が変化して、それが感染に与える経路である。感染リスクのある行動に差のない未接種者と未接種者の集団を構成できれば、A1ルートのみを推定できるが、検査陰性デザインでは行動をそろえることはできないので、A1ルートとA2ルートを合わせたⒶが推定される。ワクチン接種で安心して感染リスクのある行動をとることでワクチンの効果が弱まることも考えられるので、それも加味したⒶでワクチンの効果が確認されることには意味がある。ⒷとA2はともに行動を経由するルートであるが、Ⓑはワクチン接種前に働き、A2はワクチン接種後に働くという違いがある。
ワクチン効果に関する誤情報(その3)2
 交絡因子が実際に起こっていることを説明できるか、に関心を移すと、まず何を説明するのかが明らかになっていなければならず、そのためには厚生労働省資料の不備のなかで修正できるところは修正する必要がある。専門家コメントでは交絡因子の候補がいくつか指摘されているが、その作業がないため、一般論として可能性を議論するだけになっている。たとえば専門家コメントには受療行動の違いによる影響のシミュレーションがあるが(7頁)、その結果と対照する現実の数値がないので、せっかくシミュレーションをしながら、それが現実に起こっていることを説明できるかは視野に入っていない。
 交絡因子が説明すべきものとして、少なくとも厚生労働省資料での人口と接種者数の時期のずれは修正してみよう。下の図は、厚生労働省が未記入の扱いを変更した直後の4月11日~17日集計の修正前と修正後、発生届の様式が変わった直後の7月4日~7月10日集計の修正後の未接種者と2回のみ接種者の新規陽性者数から構成された「ワクチン効果」の推定値を示したものである。修正は人口をそれぞれ2022年4月1日現在と7月1日現在のものに置き換えている。この修正方法は、Twitterで@0kh0tska氏が発表しているものと同様である。ただし、本来のワクチン効果ではなく、交絡因子やその他の理由でバイアスをもつものであり、これをもって直ちにワクチン効果とすることができないことに注意されたい。そのため括弧付きとする。
ワクチン効果に関する誤情報(その3)3

 修正によって年齢階層別での大きな振れがなくなることがわかる。その他、高齢者ほど「ワクチン効果」の推定値が小さくなる、7月は4月よりも「ワクチン効果」の推定値が小さくなっている、ことが読み取れる(これらが読み取りやすい折れ線グラフを使用している)。

 専門家コメントからは、Ⓐだけに関心があればVERSUSだけ見て厚生労働省資料を見なくてよいかのような印象を与えるが、(修正をした)厚生労働省資料にも十分に価値があると思われる。
 第1に、ワクチン接種に影響を与える要因は何か、は行動に関心のある研究者にとっての研究課題である。このデータがワクチン効果を覆すほどの大きな力をもつ交絡因子があることを示唆するならば、こうした要因を探すヒントとなって、非常に興味深い。
 第2に、ワクチン推奨策を考える際にも、重要な意味をもつ。ワクチン接種の効果を分析するシミュレーションモデルでは、疫学者は神様で人間は神様にしたがう宿主となっていて、疫学者がモデルの接種率を高めて、その結果を計測する。しかし、現実社会では、疫学者は神様ではなく、人間はモデルが想定する宿主ではない。ワクチンの接種は個人の判断によるので、ワクチン推奨策は行動に影響を与える要因に働きかけて、接種率を変えることになる。もし働きかける要因がここでの交絡因子であった場合、交絡因子が変化してワクチン接種が進むと同時に、感染リスクのある行動をともない、社会全体では感染が増えてしまう。したがって、そのような交絡因子に働きかけることは問題となるので、そうした因子を見つけることは重要である。
 第3に、検査陰性デザインで常にバイアスのない推定ができている保証はなく、検査陰性デザインによる推定を検証する材料としても役立つ可能性がある。いまの議論はワクチン効果が正であるという仮定から出発しているが、もし見つかった交絡因子が現実離れしていたり、交絡因子が見つけられない場合には、元の仮定が現実離れしているのかもしれない。
 以上のように研究上の価値があると思われるので、修正を施したうえで継続的に資料が発表することを望みたい。

(参考文献)
「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援シテム(HER-SYS)とワクチン接種記録システム(VRS)を用いたワクチン接種歴別の新型コロナウイルス感染症人口当り報告数の疫学的意義について」(2022年7月13日)

岩永直子「新型コロナワクチン、2回目接種者の方が未接種者より感染しやすい? 厚労省が出しているデータの落とし穴」BuzzFeed、2022年7月22日

(関係する過去記事)
「ワクチン効果に関する誤情報」

「ワクチン効果に関する誤情報(その2:データ連携の課題)」http://iwmtyss.blog.jp/archives/1080739802.html