このところ学会報告論文と秋学期授業の準備に忙かったため、新型コロナウイルス感染症の致死率をめぐる状況の変化を取り上げることができなかったが、7月29日に公開した「新型コロナウイルス感染症対策本部はいつ廃止できるのか」以降の進展に触れておきたい。
「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」に引用されている致死率の元データが、第6波前半(2022年1月~2月)の感染者から後半(3月~4月)のものに更新された。致死率は、50歳代以下で0.01%、60歳代以上で1.13%とされている。全体を集計すると0.11%となるが、第6波前半の0.31%から低下したことは朗報である。「季節性インフルエンザの致死率」で説明したように、最初の基本的対処方針に示されていた季節性インフルエンザの致死率0.1%とほぼ同じになった。
 これを承けて、9月8日に変更された基本的対処方針は以下のようになった。

「令和4年3月から4月までに診断された人においては、重症化する人の割合は50 歳代以下で0.03%、60 歳代以上で 1.50%、死亡する人の割合は、50歳代以下で0.01%、60歳代以上で1.13%となっている。なお、季節性インフルエンザの国内における致死率は50歳代以下で0.01%、60歳代以上で0.55%と報告されており、新型コロナウイルス感染症は、季節性インフルエンザにかかった場合に比して、60歳代以上では致死率が相当程度高く、国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある。ただし、オミクロン株が流行の主体であり、重症化する割合や死亡する割合は以前と比べ低下している。」

 変更点は、重症化率と致死率の数値のみである。60歳代以上の致死率1.13%は0.55%よりも「相当程度高く、国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある」そうだ。「相当程度高く」の認識の問題点は「季節性インフルエンザの致死率」「新型コロナウイルス感染症対策本部はいつ廃止できるのか」で議論し、「国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与える」因果関係の問題点は、「『国民の生命及び健康に重大な影響を与える』新型コロナウイルス感染症」で議論した。
 新しい問題点として、データをどれだけ迅速に活用しているか、がある。この問題を見るために、前半と後半のデータの扱いを時系列で対比させよう。

第6波前半(2022年1月~2月)のデータ
4月23日 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードに資料提出
5月23日 基本的対処方針の変更に反映されず
7月15日 基本的対処方針の変更に反映される

第6波後半(2022年3月~4月)のデータ
9月7日 アドバイザリーボードに資料提出
9月8日 基本的対処方針の変更に反映される

 どちらもデータの期間から基本的対処方針への反映まで4か月以上かかっている。まず、データの期間は新型コロナウイルス感染症に感染した日を示しており、重症者・死亡者が確定するまで時間を要するので、データの集計作業の期間を含めて、ある程度の時間が必要なことは仕方ない。しかし、前半では2か月以内に資料が公表されたのに、後半では4か月以上かかっていることと、後半ではすぐに基本的対処方針に反映されたことから、政府内で第6波後半の分析結果がいったん伏せられていたことが疑われる。以前のブログ記事「新型コロナウイルス感染症対策本部はいつ廃止できるのか」を発表した時点でこのデータが公開されていたら、致死率が下がる可能性としていた部分を現実のこととして書けていた。
 私権制限をともなう新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、「特措法」)の適用の可否に関わる情報である以上、わかり次第迅速に公表すべきである。かりに私権制限の適用に不利な材料を秘匿していたとなれば、憲法の精神を踏みにじる政府の罪は重大だ。

 特措法適用のハードルを途中で下げて延々と特措法を適用し、法成立時の解釈を変更して縦横無尽に私権を制限するという、特措法の適用の問題点は、すでに「季節性インフルエンザの致死率」、「事業者の営業制限:事例研究 新型コロナウイルス感染症」で説明してきたことだが、特措法の適用を疑問視する声は残念ながらまだ少数派のようだ。新型インフルエンザ等対策推進会議基本的対処方針分科会が9月8日の基本的対処方針の変更を審議した際、大竹文雄委員から「これだけ重症化率が下がった感染症に対して特措法での扱いを続ける根拠があるかどうかをきちんと議論すべきだと思います。」の発言があったが、9月に基本的対処方針が変更されても、特措法適用の可否の議論はほとんど見られない(なお、大竹委員は第7波で重症化率、致死率がさらに下がったことを念頭に置いている)。
 しかし、これは社会のごく一部の人が変にこだわっているわけではなく、時代と地域を超えて普遍的に懸念されてきた問題である。そのことの説明は、あえて私が文章を積み重ねるよりは、あるイソップ寓話に委ねよう。

昔、馬は草原で自由に暮らしていた。そこに鹿がやってきて草原の草を食べ荒らした。困った馬は人間に相談した。人間の提案で、馬は口に轡をはめ背に人間を乗せ、人間は武器を使って鹿を倒した。馬はそのまま人間の奴隷になった。

 現状に問題を感じない日本人にとっては、この寓話の結末は「そして馬はいつまでも幸せに暮らしました」になっているのだろうか。

(参考文献)
「第6波における重症化率・致死率について(暫定版)」(2022年9月7日、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(第98回)提出資料)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000987078.pdf

「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」(2022年9月8日変更)
https://corona.go.jp/expert-meeting/pdf/kihon_r_20220908.pdf

新型インフルエンザ等対策推進会議基本的対処方針分科会(第29回)議事録(2022年9月8日)

岩本康志「事業者の営業制限:事例研究 新型コロナウイルス感染症」

岩本康志「政府対策本部の設置と廃止:事例研究 新型コロナウイルス感染症」

(関係する過去記事)
「季節性インフルエンザの致死率」
https://iwmtyss.blog.jp/archives/1080249049.html

「新型コロナウイルス感染症対策本部の廃止」

「新型コロナウイルス感染症対策本部はいつ廃止できるのか」

「『国民の生命及び健康に重大な影響を与える』新型コロナウイルス感染症」https://iwmtyss.blog.jp/archives/1080804613.html