(この記事での「致死率」は「感染者当たり死亡者」を指す。「致命率」とも言う)
 新型インフルエンザ等対策推進会議基本的対処方針分科会では、このところオミクロン株の病状の程度が、新型インフルエンザ等感染症対策特別措置法(以下、特措法)に基づくまん延防止等重点措置を実施する要件である「国民の生命や健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある」ことを満たすのかどうかが、議論されている。
 その流れで、2月18日の会議では、政府側から、2022年[2024年2月6日誤記修正]に入ってからの新型コロナウイルス感染症の致死率0.1%と、基本的対処方針に書かれている季節性インフルエンザの致死率0.02~0.03%と比較して、前者が相当程度高いので要件を満たしている旨の発言がある。

例えば今年に入ってからの(新型コロナウイルス感染症の[引用者補足])致死率がどれぐらいかと考えますと、単純計算になりますけれども、陽性者数分のお亡くなりになった方で見ますと0.1%程度となります。基本的対処方針にも書いてありますけれども、季節性インフルエンザの場合は0.02~0.03%と言われておりますので、致死率は季節性インフルエンザよりも相当程度高いということがいえますので、政府といたしましては、国民の生命や健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるのではないかということで、現時点では認識してもいいのではないかと思っているところでございます。(p.17。強調は引用者)

 この後に、「これから0.1という致死率であれば必ずまん延防止等重点措置の対象に絶対にするというものではない」という政府側の発言もある。なお、致死率は政令で具体的に示された要件に該当しないが、新型コロナウイルス感染症の病状の程度を総合的に判断するには重要な指標であろう。

 2020年3月27日に新型インフルエンザ等対策有識者会議基本的対処方針等諮問委員会(現在の基本的対処方針分科会の前身)に諮られた最初の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」案では、季節性インフルエンザの致死率は0.07%と書かれていた。当日の参考資料によれば、これは香港の2009~2011年のデータに基づくものである。また、参考資料には日本の2018/19シーズンの超過死亡をもとにした0.027%も示されている。これに対して、岡部信彦委員(川崎市健康安全研究所所長)が以下のように発言している。

季節性インフルエンザに関して、致死率は0.00016~0.001%程度というような数字が出て、累積推計患者数に対する超過死亡数の比は0.07%とあります。厚生労働省がQ&Aなんかで使っている超過死亡の表現としては、当然シーズンによって違うわけですけれども、患者報告数1,000万当たり1万という数字をよくいろいろなところで出しているので、これについての整合性というか幅のあるものであるので、1,000万対1万というのも多く読まれているのではないかと常々思っているのです。これらの数字が表にいろいろなところで出ているので、これも併せて参考なり引用なりしていただければと思います。(p.8。強調は引用者)

岡部委員の前職は国立感染症研究所感染症情報センターセンター長で、これまで新型インフルエンザ等対策有識者会議会長代理、厚生科学審議会感染症分科会感染症部会委員、同審議会感染症分科会結核部会新型インフルエンザ対策に関する検討小委員会委員を歴任し長年、新型インフルエンザ等対策に関わってきた専門家である。
岡部委員が言及した厚生労働省のQ&Aでは、感染者数1,000万人(推計)、死亡者数約1万人(推計)と書かれてある。また、この会議の前月の2月16日の第1回新型コロナウイルス対策専門家会議の厚生労働省提出資料でも、岡部委員の発言に沿う、感染者数約900~1,400万人(推計)、死亡者数約1万人(推計)、という数値が示されている。
 結局、最初の基本的対処方針では、0.1%と書かれた。そして、諮問委員会に提出された参考資料(「基本的対処方針に係る背景資料」)には、致死率以外にも様々な指標が示されている。私権の制限をともなう措置を実施するにあたって、病状の程度をできる限り科学的、客観的に評価するための情報が開示されていることは、非常に重要である。この資料は(一部の会議は欠落するが)継続して諮問委員会に提出されていたが、2021年1月7日を最後に途絶える(一連の資料はここに掲載されている)。
基本的対処方針での季節性インフルエンザの致死率の記載は、以下のような推移をたどる(注)。

2020328日~525日変更

0.1%

202117日変更~928日変更

記載なし

20211119日~

0.020.03%


 季節性インフルエンザの致死率を追いかけてきたが、推計値の精度を議論することが目的ではない。特措法の運用をどうするのかを考えることが最終の目的である。
 合理的なリスク管理では「高いリスクであれば費用をかけても回避する対策をとる、低いリスクであれば受け入れて日常生活を送る」。あえて経済学的と言わなくても、常識的にも合理的なことである。特措法での措置を必要とする高いリスクについては、特措法以前から政府で作成されていた「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」では、新型インフルエンザの致死率の想定として、0.53%(中等度。1957年のアジアインフルエンザ相当)、2.0%(重度。1918年のスペインインフルエンザ相当)の2つのシナリオが示され、現在に引き継がれている。高いリスクとの対比で、受け入れて日常生活を送るリスクとして季節性インフルエンザが例にとられ、その致死率が0.1%になる。また、高いリスクを回避する費用については、特措法制定時には、緊急事態措置の期間を1~2週間と想定していた。(「自粛要請に関連する補償のあり方」で解説している)。

 しかし、0.1%、0.53%、2.0%という数値はいずれも推計値であり、誤差が含まれる。3月2日の厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードに提出された専門家14名の連名資料「オミクロン株による新型コロナウイルス感染症と季節性インフルエンザの比較に関する見解」では、「そもそも正確に致命率を計算し、異なる感染症の間での比較を行うことも難しい」(p.2)と指摘されている。専門的には問題があるであろう作業だが、高いリスクと低いリスクを権力者が恣意的に決めて恣意的に私権の制限がされないようにするためには、客観的な指標に基づいて社会的合意を得ることが必要になる。
 したがって、これらの数値は、2つの意味をもつ。まず、これらの数値は政策の科学的根拠となることから、学術的な研究対象である。良質のデータが得られてより良い推計値が得られたということなら、学会で発表してもらって、知見を書き換えてもらえばいい。もし医学の進歩で季節性インフルエンザの致死率が下がっているようなことであれば、それは喜ばしいことである。
 しかし、それによって自動的に私権制限のハードルが上下するような話ではない。政策上は、これらの数値は、私権の制限をともなう措置が必要となるリスクについての社会的合意を客観的に表現したものである。それらは具体的な疾病に基づいているものの、感染症のリスクをどう管理するかという枠組みでの「抽象的なリスク」となっている。また、感染症対策が社会経済活動に大きな影響を与えている現状では、感染症以外のリスクを含めたリスク管理の枠組みでの「抽象的なリスク」と位置づける必要がある。専門家が合意する推計値が変化するときには、慎重な手続きで社会的合意をとるべき私権制限のハードルをどうするかは、別にあらためて議論すべきことである。

(世間話風まとめ)
「オミクロン株の致死率が0.1%ぐらいだって。もっと上がるかもしれないけど」
「昔は、致死率0.1%といわれる季節性インフルエンザのリスクは許容して、日常生活を送ってたんだけどね」
「いまは、致死率0.1%は国民の生命や健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるから、私権の制限をかけ続けることもあるんだって」
「現にかけ続けてるね」
「どうしてこうなっちゃったのかしら」

(注)一連の基本的対処方針は、
に掲載されている。
にも掲載されている。

参考資料
「新型インフルエンザに関するQ&A」(厚生労働省)

「新型コロナウイルス感染症の医学的性質」(2020年2月16日、第1回新型コロナウイルス対策専門家会議厚生労働省提出資料

新型インフルエンザ等対策有識者会議基本的対処方針等諮問委員会(第1回)資料(2020年3月27日) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/shimon1.pdf

新型インフルエンザ等対策有識者会議基本的対処方針等諮問委員会(第1回)議事録(2020年3月27日)

新型インフルエンザ等対策推進会議基本的対処方針分科会(第24回)議事録(2021年2月18日)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/taisakusuisin/taisyo/dai24/gijiroku.pdf

「オミクロン株による新型コロナウイルス感染症と季節性インフルエンザの比較に関する見解」(2022年3月2日、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(第37回)提出資料)

関係する過去記事
「自粛要請に関連する補償のあり方」

「自粛と補償のあり方(まん延防止等重点措置をめぐって)」