新型コロナウイルス感染症をめぐる現在の状況は、わけがわからなくなってきている。
 感染症法では、新型コロナウイルス感染症は、
「一般に国民が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの」
と位置づけられている。2日に出された4学会(⽇本感染症学会、⽇本救急医学会、⽇本プライマリ・ケア連合学会、⽇本臨床救急医学会)共同声明では、オミクロン株の⾃然経過を
「オミクロン株への曝露があってから平均3⽇で急性期症状(発熱・喉の痛み・⿐⽔・咳・全⾝のだるさ)が出現しますが,そのほとんどが2〜4⽇で軽くなります.順調に経過すれば,“かぜ”と⼤きな違いはありません.新型コロナウイルスの検査を受けることは⼤切ですが,検査を受けることができなくてもあわてないで療養(⾃宅での静養)することが⼤切です.
かかった後に重症化する⼈の割合は,厚⽣労働省から毎⽇報告されている資料から数千⼈に⼀⼈程度と推定できます.」
と説明している。
 4学会の見解を踏まえると、現状は、
国民の生命及び健康に重大な影響を与える1
となっている。
 一般常識では矢印の因果関係がつかめないだろう。ここは、医療提供体制に関わっている。新型コロナウイルス感染症分科会が2021年11月に示し、都道府県の対策の指針となっている「新たなレベル分類の考え方」では、感染症の流行をレベル0からレベル4に分類しているが、深刻な状況の上位2レベルは、
レベル3(対策を強化すべきレベル)
⼀般医療を相当程度制限しなければ、新型コロナウイルス感染症への医療の対応ができず、医療が必要な⼈への適切な対応ができなくなると判断された状況である。
レベル4(避けたいレベル)
⼀般医療を⼤きく制限しても、新型コロナウイルス感染症への医療に対応できない状況である。
としている。つまり、コロナ患者が増えると一般医療が後回しにされ、そこで医療を受けられない患者が出て、国民の生命と健康に重大な影響を与えることになる。新型コロナウイルス感染症の病状の程度は関係なく、患者数が問題になる。
 そして現在は、新型インフルエンザ等対策特別措置法が適用されており、行動制限が実施されるかもしれない。後藤茂之厚生労働相は7月29日の定例記者会見で、以下のように発言している。
「現下の感染状況等を踏まえれば、新型コロナウイルス感染症等について、引き続き感染症法上の新型コロナウイルス感染症に位置づけて、医療がひっ迫するような状況になれば特措法に基づく強力な感染拡大防止対策をとれるようにしておくということは、今でも必要な状況なのではないかと考えております。
(中略)
現状においては、今の感染力の強い新型コロナのBA.5の状況等を考えれば、伝家の宝刀とも言うべき、いわゆる特措法上に基づく強力な措置の可能性を残しておくべきだと考えています。」
 以上から、新型コロナウイル感染症対策の現在の構造は、
国民の生命及び健康に重大な影響を与える2
となっている。
 医療需要が提供能力を超えた場合、誰かが後回しになるという冷たい現実がある。現状の対策はコロナ患者を優先して一般患者を後回しにするが、4学会声明は症状の軽い患者を後回しにする(受診させない)という別の体制を提案したことになる。
 4学会声明の体制(オレンジ色)を上の図に加えると、
国民の生命及び健康に重大な影響を与える3

となる。オレンジ色の経路をたどれば、国民の生命及び健康に重大な影響を与えることがいったんは回避される。さらに流行が拡大して受診や入院が必要な患者が増えれば、その段階であらためて一般医療との間の選択が迫られるが、そこにいたらなければ行動制限に至る連鎖は断ち切られる。

 では、症状の軽い患者が自宅で療養して、季節性インフルエンザか風邪並みに扱えば、コロナ禍は終わるかといえば、そうではない。
 結局、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるかどうかは、患者数と医療提供能力の関係で決まる。経済学の言葉で言えば、医療の需要と供給で決まる。かりに新型コロナウイルス感染症が季節性インフルエンザと同じ病状の程度であったとしても、流行が拡大すれば重大な影響となる。
 そして、季節性インフルエンザの流行より規模が小さくても、重大な影響を与えることも起こり得る。これは、季節性インフルエンザはかかりつけ医の役割を担う内科診療所で診療してもらえるが、新型コロナウイルス感染症の対応は発熱外来を設置した医療機関に限られ、医療の対応力がはるかに小さいからである。極端な話として、季節性インフルエンザと比較して病状が軽くて、流行が小さくても、診療する医療機関が少なければ、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある。
 感染症法では新感染症・一類感染症・二類感染症は原則、感染症指定医療機関に入院することになるが、新型コロナウイルス感染症はそのように運用されていない。新型コロナウイルス感染症が「二類相当」(こう呼ぶのは不正確であるが)だから一般医療機関が診療できないわけではないので、五類感染症に位置づければ自動的に一般医療機関が診療するわけではない。もっと多くの診療所に発熱外来を設置してもらいたいが、それがかなわないのが、現在の状態である。

(参考文献)
4学会共同声明「国⺠の皆さまへ 限りある医療資源を有効活⽤するための医療機関受診及び救急⾞利⽤に関する4学会声明」(2022年8月2日)

「新たなレベル分類の考え方」(2021年11月8日、新型インフルエンザ等対策推進会議新型コロナウイルス感染症対策分科会) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/taisakusuisin/bunkakai/dai10/newlevel_bunrui.pdf

「後藤大臣会見概要」(2022年7月29日)